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130Rさんのトモダチの日記。 みんなの日記はここから一覧を見ることができます。

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日記

akiraaniの日記: 本日のねためも

日記 by akiraani

「申し込み殺到でサーバがパンク状態」 飲食店“ドタキャン”防止システム 19日からスタート(ITmedia)
 当初懸念されていたとおり、やっぱり個人情報保護法上の問題はつきまとうっぽいが、問い合わせが殺到する程度には困っているというのがやはり現状な模様。まあ、仮にこれがぽしゃったとしても、需要があると言うことははっきりしたわけだから、個人情報をきちんと取り扱うよう考えて商売にする人が出てくることを期待したい。ビッグブラザー的な懸念はわからないでもないけど、個人の信用度を手っ取り早く証明することの出来るシステムって、やっぱ欲しいよね。

なぜ「ちゆ12歳」はバーチャルYouTuberとして復活したのか 「元祖バーチャルネットアイドル」が2018年に思うこと(ITmedia)
 ここで本人に突撃インタビューにいくあたりがさすがのねとらぼ。あれ、実際のところはバーチャルYouTuberと言うよりはボイスブログの変化系なんだよね。キャラのリアクションを主軸にしてる従来のVTuberとは根っこがだいぶ違う。ネタのチョイスと文章芸はノウハウもあるし、YouTubeのチャンネル化は前々から狙ってたんだろうな。

PC版「三國無双8」日本・中国語を選択できたことを“不具合”としてブロック レビューが赤壁炎上状態に(ITmedia)
 確かファルコムの近藤社長曰く、ファルコムのSteamタイトルの場合、日本の声優のボイスを配信ゲームに使おうとすると高いからって理由で、日本語ボイスデータ抜いてリージョンブロックして配布って事情があるらしいが、これはどういう事情でブロックする予定だったんだろうな。まあ、どう考えても権利問題なんだろうけど。

1998年と2015年の新旧トヨタ・カローラを衝突させると壊れ方がこんなに違う(GIGAZINE)

積極的に「壊す部分」と、ガッチリと「壊さない部分」を作り分けることで、衝突のエネルギーを狙い通りに逃がしてサバイバルゾーンを確保するという考え方が取り入れられています。

 なるほど、綺麗にフロントエンジン部分だけ潰れてるなぁ。仮に無限に固いフレームを使って100%の剛性を保っていた場合、中のドライバーには衝撃がそのまま伝わってしまうわけで、ちっとも安全ではないもんな。点の衝撃を面で受けるならともかく、全体で衝撃を受ける場合は何をどうしてもクッションが必要になるわけだ。潰れて衝撃を緩和すると同時に、衝撃の到着を遅らせてエアバッグ展開ための時間を稼ぐとかいろいろ役割がありそうだな。

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日記

akiraaniの日記: 本日のねためも 1

日記 by akiraani

スマホゲームからプロゲーマー誕生は正解だった 闘会議2018レポ(ASCII.jp)

賞金というプレイヤーのモチベーションを向上させる効果的なモノがよりクリアーになれば、競技としてのゲーム人口も増加するだろう。そしてそれをクリアーにするのが、今回の闘会議にも加わっている一般社団法人日本eスポーツ連合が担うのではないだろうか。

 お題目としてはその通りなんだけど、加入費用を取ってると主催に回ったときに賞金出すと賭博関係やら景表法やらに引っかかって大変って懸念があったような……。いずれにせよ最初懐疑的に受け止められるのは避けられないので、早めに実績積むしかないですな。

Twitchがガイドラインを更新 性的表現への規制を強化、配信者の服装にも規定が(ITmedia)
 規定でがんじがらめにしてしまうってのは正直どうだろうねぇ。なんせ、需要はなくならないわけだからね……。規定を厳しくするのは良いけど、じゃあ抵触した場合にどうするの、それ誰が判断するのみたいなところが解決しないとむしろあの手この手で隠蔽を図るようになってややこしいことになる気がするんだよね。

日本だけが漁獲量減少、ノルウェー漁業を見習うべき理由(ASCII.jp)

「本来、もともと獲れている漁獲量よりも漁獲枠を狭めなければ規制にならないのですが、日本では対象になった魚種すべてが漁獲量よりも漁獲枠が大きすぎるため、規制になっていないのです。逆に漁獲枠まで獲り続ける努力目標のようになっていて、形骸化しています」

 水産庁のうなぎ関連の答弁とか見てると、全般的にこういう状況なんだろうな、というのは納得のいく話。個人的にはじゃあ魚食べなきゃ良いよねとしか思わないんだけど。すでにスーパーに並んでる魚って、鶏肉とか豚肉に比べて割高なんだよね。

仮想通貨取引所「Zaif」がテレビCM 剛力彩芽さん起用(ITmedia)

CMにより「サービスの認知向上、業界全体のイメージ向上を目指す」という。

 TVCMで届く層相手に商売をしようとしてる時点でたいへんに胡散臭いのだけどなぁ……。法整備が進まないうちに荒稼ぎしないといけないわけだから、こういう手っ取り早い告知媒体の利用は避けられないんだろうね。そいや、一時期ものすごい勢いで宣伝してた消費者金融、今全体的にどういう状況になってるんだろうなぁ。過払い金訴訟の乱発でだいぶしんどいことになったという話をだいぶ前に聞いたんだけど……。

ローソンのあきこちゃん、将棋に強くなる 「Ponanza」搭載、LINEアカウント経由で対局(ITmedia)

Ponanza開発者の山本一成さんは、Twitterで「最新版Ponanzaを搭載した、過剰に強いあきこちゃんをお楽しみください」とツイートしている。

 確かにこれは過剰に強いな。マージャンみたいな運が絡むゲームならともかく、完全情報ゲームの将棋でそんなんされたらまず勝てないだろ。

エアコン暖房、つけっぱなしとこまめに入り切りはどっちが得か~ダイキンが検証(家電Watch)

出時/在宅時に関わらず24時間「つけっぱなし」にしたエアコンと、外出時に運転をOFFにしたエアコンの消費電力量を比較。その結果、夜間(18~23時)2時間の外出をした場合、運転を切った方が電気代が安くなった。

 しかし、外出時に運転をOFFにしたエアコンでは停止時間が13時間もあったが、24時間連続運転したエアコンとの電気代の差は約30円程度だった。

 実験に使った部屋はあわせて14帖、これで一日30円程度の差ということは、電気代にすると月あたり900円程度ってこと? ワンルームとかだともっと差は小さいな。まあ、理屈で言えば部屋の機密性、保温性を上げるほうが効果はでかい気がするけどね。

「果てしない道だった」 “俺の嫁召喚装置”「Gatebox」量産計画、生みの親の苦闘(ITmedia)
 を、Gatebox、ようやく出荷開始したのか。ということはまもなく生の実機レビューが見られるんだな。楽しみだ。

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日記

akiraaniの日記: Nintendo Switch版プチコンが開発中、という情報

日記 by akiraani

情報元はスマイルブーム社の社長さんのこのツイート

入れる予定のリソースの再検討が入ってるところを見ると、3号との互換性は多分ない。ハード環境が余りに違うし当然ではありますが。

単純にCPU,GPUのスペックが段違いなのと、ジョイコンのあれとかこれとかがどれくらい使えるのかなんて話もあって、出来次第ではかなりすごいことになる可能性がある。
Nintendo Labo みたいなすごいもの見せられた直後だけに、期待しちゃうよね。

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数学

taro-nishinoの日記: 第三帝国における数学出版: シュプリンガー出版社とドイツ数学者協会

日記 by taro-nishino

ナチ政権下でのドイツ数学界の崩壊については、これまでも"ナチス支配下でのゲッチンゲンの数学"、"フランクフルト数学セミナーの歴史について"を紹介しました。
こういう惨状に至らしめたのは言うまでもなくナチなんですが、いつの時代でもどの国でも馬鹿共は必ず出現して繁栄し、それをまた馬鹿共が支持して世論を形成するという人間社会の構造的欠陥を今更とやかく言っても始まりません。問題は数学界にいる人々が政治的難題をどう考え、どう対応し、どう行動したかなんです。当時のドイツ数学界の状況を今から考えるとまともな人は海外移住するしか方法がなかったくらい馬鹿共が権勢を誇っていました。ヒルベルトがもう少し若くて元気であれば、もう少しソフトランディングを出来たかも知れないという非常に無責任な意見がありますが、そんな仮定上の話をしても仕方がないし、もう一人の力ではどうにもならないくらい当時のドイツ数学界は腐っていました。
その腐ったドイツ数学界で有名なのが誰もが知る、あの悪名高きルートヴィヒ・ビーベルバッハです。私はいつも言うのですが、どの分野でも超一流、一流は世界規模に視線を向けるが、二流、三流以下は国内にしか視線を向けません。ビーベルバッハは典型的な二流以下の人物です。それなりの数学貢献があると言う人もいますが、それを考慮してもビーベルバッハが仕出かしたことの重大性から見れば差し引きで完全に負しか残りません。ビーベルバッハは戦後に数学界から追放され失意の中で亡くなりました。
では、ビーベルバッハ以外の人物はどうなったか。それなりの罰則を受けた人が多い中で、うまく逃げ果せた人の代表例がヴィルヘルム・ジュースです。私や私の友人共よりも若い年齢の人達は無邪気にもジュースと言えばオーバーヴォルファッハ数学研究所を設立した人くらいの認識しかありません。そんなことでいいのかということで友人共の一人と相談して今回紹介するのはヴォルケル・レンメルト博士の Mathematical Publishing in the Third Reich: Springer-Verlag and the Deutsche Mathematiker-Vereinigung です。
私がこの論文を知ったのは2010年で全く偶然でした。当時私はラインホルト・レンメルト博士のグラウエルト博士との共著論文の一つを読んでいて、ある箇所で数学的事項ではなくドイツ語の表現の仕方に違和感を覚え、こんな表現が普通なのかどうかドイツ語圏内で検索を繰り返したところ、その論文に出会いました。一瞬、あれぇレンメルト博士は数学史の研究もしていたのかと思いましたが、よく調べるとヴォルケル・レンメルト博士はラインホルト・レンメルト博士の御子息です。それからは友人共や海外の友人達に読め読めとしつこく言った思い出があります。なおラインホルト・レンメルト博士は2016年3月9日にお亡くなりになりました。遅まきながら、ご冥福をお祈り申し上げます。
そのヴォルケル・レンメルト博士の論文の私訳を以下に載せておきます。例のごとく、注釈欄を省いていますが、インデックスはそのままです。

[追記: 2018年2月17日]
この論文はあくまでシュプリンガー関連のみを扱っています。ビーベルバッハやジュース等は他にも悪事をやりたい放題やりました。それらの詳細は、この論文の参考文献にも載せられている同博士の Mathematicians at war: Power Struggles in Nazi Germany's Mathematical Community:Gustav Doetsch And Wilhelm Süss (PDF)が詳しいです。
私がビーベルバッハやジュース等を許せないのは、彼等は数学をやっているのではなく、ヤクザ顔負けの脅し、陰謀、ナチ政権の忖度等を何の良心の呵責もなく平気でやっており、完全に数学者ではなく政治屋です。ここで政治家と言わないのは、政治家なら政治の舞台で正々堂々とやるべきなのに、それをやっていないからです。政治屋はそこらの総会屋と変わらないレベルの低い輩と言ってもいいでしょう。

第三帝国における数学出版: シュプリンガー出版社とドイツ数学者協会
2009年 ヴォルケル・レンメルト

1937年10月、フライブルクの数学者ヴィルヘルム・ジュース(1895-1958)がDeutsche Mathematiker-Vereinigung[訳注: ドイツ数学者協会](DMV)の総裁に選ばれた。DMV委員会のメンバー、ヘルムート・ハッセ、コンラッド・ミュラー、エマニュエル・シュペルナーが1937年8月に適格な候補者を探していた時、彼等はジュース支持論があることを知った。彼がDMV業務に関心を持っていることは知られていたし、DMV委員会での傾向、言い換えれば彼等自身のものと彼の見解が一致すると思った。彼はルートヴィヒ・ビーベルバッハ(1886-1982)の学生だった。ビーベルバッハは第三帝国においてDeutsche Mathematik[訳注: ドイツ人数学]という反ユダヤ主義の人種的理論をプロパガンダし、DMVに反対な国家社会主義者の数学者達のグループを率いていた。DMV委員会はジュースが元先生をDMVと和解させること、少なくともビーベルバッハの徒党からの政治的攻撃の脅威からDMV及びその政治的見解を守ることを出来るかも知れぬと願った。更にジュースは最近ナチ党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei[訳注: 国家社会主義ドイツ労働者党])のメンバーになっていたから、教育研究省と良い関係を持っていると思われた。従って、それが1937年10月にジュースの当選を賛同した。
ジュースは次第に第三帝国においてドイツの数学コミュニティの最も有力な代表者の一人になり、ナチ当局、特に教育研究省と親密に協力した。この協力中にDMVの専門家的ポリシーは、ナチ政府のまさに核心、特にその反ユダヤ主義と反国際主義に立つ問題と密接に絡み合った。教育研究省はこれらの価値観を科学の分野に伝えることに懸命だった。このプログラムにおけるDMVの協力、特にジュースの協力は(その結果は彼等のコントロールを超えていたが)、戦争の間の彼等の有力で成功した専門家的ポリシーの必要条件だった[10]。
DMV総裁の任期中(1945年まで続いたが)、ジュースは繰返しシュプリンガー出版社と対立した。シュプリンガーはドイツの最有力科学出版社の一つだが、その数学部門は世界中の名声を持っていた。第一次世界大戦後、シュプリンガーは数学において第一級の出版プログラムを始めるために傑出した数学者達を登用した。この事業においてフェリクス・クライン、ダフィット・ヒルベルト、リチャード・クーラントがゲッティンゲンの影響を意味した。シュプリンガーのイエロー本は最も遠い所にもすぐに知られ、どの数学者も逃れられないイエロー疫病とよくほのめかされた。DMV代表者としてのジュースとフェルディナント・シュプリンガー及び彼の数学的アドバイザーのフリードリッヒ・カール・シュミット(1901-1977)の間の衝突の多くの事例は国家社会主義のもとで科学出版の独立性がどのように動揺させられたかを実例で説明するのに都合がいい。

ジュースとMathematische Zeitschrift [訳注: 数学ジャーナルという意味ですが、固有名詞なので以降そのまま表記します]
1938年3月3日、ジュースはDMV総裁としてベルリンへ行きDames博士と会った。Damesは教育研究省において数学の責任者だった。ジュースはDMV委員会のメンバー、ハッセ、ミュラー、シュペルナーへの回覧状の中でこの会合について報告した1。最初ジュースとDamesは1938年9月にバーデン=バーデンで催されるDMVの年次コンファレンスの編成を議論した。それから彼等は、ユダヤ人と亡命者のDMVメンバー("Judenfrage"[訳注: ユダヤ人問題という意味ですが、固有名詞化しているので以降そのまま表記します])を対処する方法、数学出版におけるユダヤ人数学者達の影響を制限する方法についてもっと政治的に関連する問題に関して話した。これらの問題の処理に対する管理に関する重要政治課題または何らかのルールを教育研究省は直接的に厳命しなかった。それどころかジュースはDMV委員会の支持を受けて、"Judenfrage"に関するDMVポリシーをまとめることに率先した。彼の動機の中には、専門的ロビー活動の手段としてのDMVの立場がルートヴィヒ・ビーベルバッハに反対の根拠を失うだろういう懸念があった。特にビーベルバッハと彼の徒党が国家社会主義者数学者連盟(NS-Mathematikerbund)を計画していたので、彼等の計画を公認するためにユダヤ人と亡命者のDMVメンバーの問題を明確に指し示し、実質的にドイツの数学コミュニティにおける分裂を脅していたからだ。ジュースは、Damesに数学出版におけるユダヤ人数学者達の役割に注意を促した時、Mathematische Annalen[訳注: 数学年報という意味ですが、まさか数学界にいる人でこのジャーナルの名前すら知らない人がいるとは思えませんし、固有名詞ですから以降そのまま表記します]とMathematische Zeitschrift(MZ)、両方ともシュプリンガー出版社により刊行されているが、両誌の編集委員会の状況に関する"個人的見解"をしたことを報告している。ユダヤ人達は発表をまだ許されているはずだけれども、ドイツのジャーナルはユダヤ人達によってこれ以上代行されるべきではないと彼は述べ、この問題に関する彼の立場はDamesに明らかであると希望した。これに対してDamesはシュプリンガーに圧力をかけることを約束したが、その結果著者達はユダヤ人編集者達ともう交渉する必要はないだろう。
これはハッセ、ミュラー、シュペルナーへの回覧状の中でジュースが言ったことだけれども、Damesとの会話の中で彼は明らかにもっと明確になっていた。数日後彼がDamesへ手紙を書いた時、彼が思うシュプリンガー出版社における編集組織に関する問題に立ち戻った。彼はリチャード・クーラントの"イエローシリーズ" Grundlehren der mathematischen Wissenschaften in EinzeldarsteLLungen[訳注: 諸例における数理科学の基礎]のための段取りを述べた。"イエローシリーズ"ではF. K. シュミットが主任編集者、ユダヤ人亡命者クーラントが"アングロサクソン領域"のための編集者だった。彼はMathematische Annalenに対しても同様な段取りがなされていると判断した。Mathematische Annalenの編集長オットー・ブルメンタルはユダヤ人だった。ジュースによればシュプリンガーは英国で共同編集者を探していた。ジュースの見解は、"ドイツの名声"のために"我々のチャンピオンであるフェリクス・クラインによって創始された、この一流ジャーナル"2に影響を持っている外国人達を阻止すべくすべての手段が使用されるべきであるだった。既に起きている実例として、彼はZentralblatt Für Mathematik und ihre Grenzgebiete[訳注: 数学及びその周辺分野のための主要ジャーナル]を指し示した。このジャーナルは今や亡命者オットー・ノイゲバウアーによってコペンハーゲンから運営されていた。
MZに関してジュースによれば、事は良好だった。しかし、彼はDamesに頼んだこと、つまり教育研究省が"イサイ・シューア教授をMZ委員会から解任するよう出版社に命じること"を思い出させた3。彼自身はMZの編集長コンラート・クノップに問題を提起するだろうと付け加えて書いた。
1938年3月1日、つまりジュースのDamesとの会合の2日前、クノップはジュースに手紙を書き、MZの諮問委員会(wissenschaftlicher Beirat)に加わるよう招聘した。それはシュプリンガーの編集委員会をアーリア化しようとするジュースの努力をいくぶん曖昧に解明している4。クノップからもっと早期の招聘があったが、MZ委員会に2人のユダヤ人メンバー、エトムント・ランダウと先に言及したイサイ・シューア(1875-1941)がいたからジュースは辞退した。イサイ・シューアはクノップ、レオン・リヒテンシュタイン、エルハルト・シュミットと一緒に1918年のMZの共同創始者だった。エトムント・ランダウが1938年2月に亡くなり、状況を変えた。クノップがジュースに説明したように、これがクノップに改めて招聘させることとなった。ジュースがDamesにシューアをMZ委員会から解任せよと要求した時に、彼が3月3日までにクノップの2度目の招聘を既に読んでいたかどうかの推測は未解明だが、DMVのハッセ、ミュラー、シュペルナーへの報告の中で彼はシューアの問題に言及しなかったし、クノップへの返書の中でも言及しなかった。この返書の中でDamesとの会話を説明している。だが、ハッセ、ミュラー、シュペルナーへの報告で言ったこと及びDamesへの早期の手紙のそれと違うバージョンだ。クノップに対して、数学出版におけるユダヤ人数学者達の役割に関して指揮を執っているのは教育研究省だったと彼はほのめかし、教育研究省からはMZ委員会からシューアの排除があるだろうと聞いたと言っている。しかし、この行動の過程を明らかに要求していたのは彼自身だったことを言及していない。クノップへの手紙の中で描かれているように、ジュースの主な関心は彼がMZ委員会に合流するならシュプリンガーに関するDMVポリシーを実施するための彼の自由度に起こり得る制約だった。クノップは彼に、これは該当しないだろうこと、シューアに関してはクノップも数学ジャーナルにユダヤ人達が公式的にこれ以上参加することは実際的ではないと考えていたので、その問題に教育研究省が手を貸すことを歓迎するだろうことを言って安心させた5
4月Reichsschrifttumskammer[訳注: 第三帝国文学院](ゲッベルスの宣伝省の一部門であり、その役割はドイツのライターと出版社をコントロールすることだった)は、Mathematische AnnalenMZの委員会にまだユダヤ人編集者達がいるのなら理由をシュプリンガーから知ることを命じた。Reichsschrifttumskammerは特に教育研究省によって作られた質問に言及した。4月の終わりまでにシューアがMZ委員会を去らねばならないだろうことは明らかだった。クノップがこれをジュースに報告した時、MZ委員会へ合流の招聘は遂に了承された。シューアの名前は1939年のMZのタイトルページに現れず、彼は同年に移住した。
だが、これがシューアへの唯一の圧力ではなかった。1938年3月末、ビーベルバッハはプロイセン科学アカデミーにおいて、シューアを意味する"ユダヤ人達がまだ学界委員会のメンバーだということは驚く"と言っていた。数学者テオドール・ファーレン(1869-1945)は長年ナチ党員でビーベルバッハの盟友だったから、交代を要求していた。そして、マックス・プランクは問題を処理すると約束をしていた。一週間内にシューアは委員会を辞職していた[12, p. 122]。

Zeitschriftとシュミット事件
ユダヤ人数学者達とシュプリンガー出版社の間の関係に関するジュースの報告及び1938年3月のイサイ・シューアに関する告発が彼の数学出版への介入、特にシュプリンガーを攻撃する唯一の企てではなかった。
シュプリンガーがオットー・ノイゲバウアーとリチャード・クーラントの賛助のもとでZeitschriftを刊行したことで1931年にドイツの数学査読の分野に登場していた。始めからZeitschriftはベルリンのプロイセン科学アカデミーによって刊行された伝統的なJahrbuch über die Fortschritte der Mathematik[訳注: 数学の発展年鑑]と直接に競合した。Jahrbuchは査読において絶え間の無い遅れで悪名高かった一方で、Zeitschriftはもっと効率がいいことですぐに有名になった。1939年までにJahrbuchはルートヴィヒ・ビーベルバッハの絶え間の無いイデオロギー的干渉と付き合わなければならないでいた。ビーベルバッハはアカデミーのJahrbuchのスポークスマンとして就任していた。Zeitschriftもナチの人種的かつ国家主義的ポリシーに関する問題を抱えた。編集委員会に非アーリア人メンバー達がいた。つまり、例えばイタリア人数学者トゥーリオ・レヴィ=チヴィタ。彼は1938年10月に追い出されなければならなかった。その編集長である亡命者オットー・ノイゲバウアーはレヴィ=チヴィタ事件の結果として1938年11月に辞職した。その上に、ジャーナルは国際的にふさわしいのが明らかだったので、1937年12月にシュミットはZeitschriftとの協力のせいで教授職に関する交渉において一人の数学者が嫌われてしまっているとシュプリンガーに報告していた6。これらの環境を考慮に入れると、それぞれの出版社de Grnyterとシュプリンガーの間に経済的競争が無く、Jahrbuch委員会におけるビーベルバッハとシュプリンガーの間のイデオロギーの不一致が無ければ、2つのジャーナルがある種の同盟を結んでいたことは妥当であったであろう。しかし、30年代の終わりまでZeitschriftJahrbuchの融合または少なくとも協力は議論された。
1938年末、新しいジャーナルMathematical Reviewsが米国においてアメリカ数学協会によって創刊されようとしているというニューズがドイツ数学コミュニティに広がった。当然これは、ナチ党員であるか否かを問わずドイツ人数学者達と出版社各社の間に騒動となった。1939年1月ビーベルバッハはde Grnyterとシュプリンガーに融合を考えるよう促し、手順に関する詳細な提案を作製さえもした。また1939年の始め、DMV、すなわち総裁ジュースがde Grnyterとシュプリンガーに融合させるために直接の圧力をかけようと努めた[12, pp. 167ff], [9, pp. 327-333]。
シュプリンガーが1939年の1月、遅くとも1939年3月に融合のアイデアを考えたと議論されて来ている[12, p. 168-170]。しかし、シュプリンガーは彼自身のプランを本当に持っていた。それは先ず米国人達と状況を議論し、出来ればZeitschriftMathematical Reviewsの協力をもたらすことだった。
フェルディナント・シュプリンガーは1938年12月にオズワルド・ヴェブレンとMathematical Reviewsの創刊を議論し、彼の数学査読における利益のために主要数学アドバイザーのシュミットを米国に送ることを提案した[9, p. 331]。ジュースはこれを聞き知り、すぐに教育研究省のDamesに、シュプリンガーが動機についてジュースに知らせない限りシュミットに旅行許可を与えないよう迫った7。ジュースはまたDamesに省とReichsschrifttumskammerの両方の上司にシュプリンガーの計画を知らせてはどうかと言った。シュプリンガーが米国に行くシュミットのために省の許可を獲得していることをジュースが4月に知った時、Damesの上司のKummer大臣に手紙を書き、再びシュミットの旅行に強く反対した。彼はJahrbuchZeitschriftの間の競合とそれらの融合に対するDMVの関心を指し示した。シュプリンガーのMathematical Reviewsとの接触が、実際に彼等がしたように、このアイデアに反して走るだろうという恐れをジュースは述べた。議論を強化するため、彼はZeitschriftを"ユダヤ人数学者達と彼等の友達のグループ"の組織として特徴づけ、シュプリンガーがまだ移住者達、特にリチャード・クーラントと近い結びつきを持っていると強調した。従って、"シュプリンガーのスポークスマンによってドイツの大義が米国においてともかくも表現されるだろう"ことは疑わしいとした。とうとう彼はシュミットが次週に米国へ旅立つつもりだから旅行許可を無効にしてはどうかと言った8
2日後の4月29日、ジュースはベルリンのKummer大臣に事はどうなっているか訊ねるために電話をした。Kummerがシュミットは既に旅立っていることを知らせた時、ジュースは彼の知識によればシュミットは船に乗るためブレーメンに向かう途中に過ぎず、船は米国から5月1日または2日に到着するはずなので、シュミットをまだ止められることを意味していると言った。Kummerはこれを取り上げなかったが、教育研究省の彼の上司がきっぱりとシュミットに行かせることを決定していると説明した。シュミットがZeitschrift問題を議論するのみならず、米国人数学者達の中の雰囲気を評価し、可能なら彼等の気持ちを和らげることになっていたからだった。この時点でジュースは腹を立て、これはシュミットにふさわしくない仕事であり、この特別な男を送ることはわざわざ災難を招く無謀なことをしているので、シュミットにこの任務を続けさせる前に信頼すべきソースに意見を求めて省はもっと上手くやれたであろうとKummerを厳しく叱責した9
米国から戻った後、シュミットは教育研究省にZeitschriftJahrbuchの融合を妨げるならば少なくとも何人かの米国人数学者達の協力が単に確保されるであろうことを確信させた。融合はアンチドイツ宣伝を育成し、Mathematical Reviewsの創刊を促進するだろうと彼は主張した。ドイツ外でのドイツ科学文献の状況を現状よりも困難にするべきでないことを考慮すれば、ZeitschriftJahrbuchの融合は"賢明"だとは考えられないという手紙を教育研究省が1939年7月末にシュプリンガーに書いたので、省はシュミットの報告に感銘を受けたようだ10
米国でのシュミットの活動が何であれ、アメリカ数学協会委員会は1939年5月にヴェブレンにMathematical Reviewsを創始し管理する依頼を決定した[9, 332f]。この言葉はすぐにドイツ数学コミュニティに届き、Mathematical Reviewsの創刊はまだ妨げられるであろうと報告していたシュミットは奇妙な立場に追いやられた。9月22日(宣戦布告の3週間後)の手紙の中で、ジュース(彼の計画に反して動いた7月の省の決定を聞き知ったばかりだったが)はシュミットが米国からの帰国の際に間違っている情報を与えていたことを非難した。Mathematical Reviewsの創刊と戦争の勃発はずいぶんと状況を変えてしまっていると彼は説明した。結果として、ZeitschriftJahrbuchの融合に関して米国と殆どの外国の立場を考える必要はもはやないと彼は判断した11
翌日の9月23日、ジュースはシュプリンガーとde Grnyterに融合を考えるよう最終通告を出した[12, p. 223]。ジュースの行動方針はビーベルバッハとファーレンにより認められた。ビーベルバッハはプロイセン科学アカデミーがプレプリントジャーナルを刊行することを決めており、プレプリントジャーナルはJahrbuchの査読の遅さに対する改善策を見つけるために最も最近の査読を含むことになっているとジュースへ手紙を書いた。de Grnyterはこのプランに同意していたが、戦争とそれに続く紙不足がそれを引き延ばしていた。他方、シュプリンガーは同意していなかった。融合に対する彼の反感は7月から省の手紙によって後退していたが、ビーベルバッハによれば、その反感はずっと前に知られていた。戦争が環境を変えてしまったので、今やビーベルバッハは献身的なナチ党員Harald Geppertを編集長とする融合のアイデアを更に追求すること、そしてプレプリントジャーナルのタイトルにZeitschriftの名前を加えることを提案した12
一方シュプリンガーはジュースの最終通告(10月3日をデッドラインとして設定されていた)10月4日に回答した。彼は最終通告に結合されている質問に答えられないこと、ジュースの手紙はジュースが出版ビジネスの不十分な知識しか持っていないこと示していると説明した。省の立場が変わってしまっているのかどうか知らない限り(7月の手紙をほのめかしている)融合を議論するのを辞退した13
ジュースが教育研究省でZeitschriftJahrbuchについて話したかった時、科学的出版の数を維持するための宣伝手法として戦時中に科学ジャーナルの融合すべてを外務省が禁じていることを知らされた14。このようにZeitschriftJahrbuchの実際の融合は、戦争の勃発とMathematical Reviewsの創刊の後の新しい状況にもかかわらず、問題外だった。しかし、ビーベルバッハが提案していた線に沿ってZeitschriftJahrbuchの協力を引き起こすことを決定し、それをジュースもGeppertと議論していた。査読方針はZeitschriftに関するスピードとJahrbuchに関する完全性だった。11月15日にビーベルバッハ、Geppert、シュミット、シュプリンガー、de Gruyterの代理人はベルリンで会合し、Geppertを編集長としてベルリンに置かれる統合編集部(Generalredaktion)のもとでのZeitschriftJahrbuchの再編成に賛同することとなった[12, pp. 224-226]。それはDMV、ジュース、ビーベルバッハが願っていた融合に近かった。

数学ジャーナルの再編成
出版社としてシュプリンガーの独立性はZeitschriftとシュミット事件によってのみならず、全体として数学ジャーナルのシステムを再編成しようとするジュースの意図によっても脅かされていた。
ナチ党が政権を取ってから、ナチ党が考えたように数学ジャーナルの断片化を終わらせるため数学ジャーナルの数を減らそうという議論が既にあったが、特別なことは何もなされていなかった[3, p. 418]。特に、物理学者でノーベル賞受賞者(1919)のヨハネス・シュタルクは、1930年にナチ党に入党しフィリップ・レーナルトと共にドイツ人物理学運動を支持していたが、1933年の秋に統合編集部(Neuordnung des physikalischen Schrifltums)のもとでの物理学における科学文献の再編成を空しくも呼びかけていた[11, 329-331]。
おそらく1939年の春、ビーベルバッハは科学ジャーナルのシステムを再編成する方法(1933年のジュースのプランを大いに思い出させる)に関する詳細な提案を作り、そのコピーをジュースに送った15。彼はアイデアを実例で説明するために数学ジャーナルを選んだ。彼は、早期には断片と考えられていたもの、すなわち数学の特定分野に属する論文が5つほどのジャーナルよりも多くのジャーナルに散在し、その分野に関心を持つ科学者達にとっても役立たず、編集部にとっても役立っていないことを遺憾に思った。更に、これは個人予約が稀であるという負の経済効果を持った。ビーベルバッハの再編成に関する提案(ついでながら、それはZeitschriftJahrbuchを含んでいる)はついにDMVを監督者とする中央的にジャーナルを管理するアイデアになった。
ジュースはビーベルバッハの首唱に賛成だった。彼も1939年11月にZeitschriftJahrbuchを議論するため教育研究省でKummer大臣に会った時、数学ジャーナル作製の可能な再構築について話した16。科学ジャーナルの融合に反対の外務省の命令にもかかわらず、Kummerとジュースは新しい編成原理、すなわち数学ジャーナルは特化すべきであることを議論した。これは広く数学的多様性を持つ伝統的なジャーナル、例えばJournal für die reine und angewandte Mathematik[訳注: 純粋及び応用数学のためのジャーナル](Crelle's Journal)、Mathematische AnnalenMathematische Zeitschriftを終わらせていただろう。ビーベルバッハはCrelle's Journalは代数学と数論に、Mathematische Annalenは解析学に、Mathematische Zeitschriftは幾何学に特化してはどうかと言っていた。ジュースは即このアイデアを追求し、編集長達と交渉すると決めていた17Crelle's Journalの編集長ハッセはビーベルバッハのアイデアに共感し、"ビーベルバッハにはいつものことだが、ちょっと激しい"けれども"素晴らしくて健康的だ"と考えた。だが、言い訳して時間を稼ぐらしくプランは"実際に実現することは難しいだろう"と指摘した18
ジュースはまたMathematische Annalenの編集長ハインリヒ・ベーンケとそのジャーナルの宿命を議論した。しかし、ベーンケは"ドイツ数学ジャーナルの望ましい再編成を理論的に議論"を進んでやる心構えだったけれども、ビーベルバッハとジュースのプランにさほど熱中しなかった。彼はジュースにAnnalen委員会においてエーリッヒ・ヘッケとB. L. ファン・デル・ヴェルデンが先任であり、彼等はジュースのプランに決して同意しないだろうことを思い出せた。DMV委員会メンバーのエマニュエル・シュペルナーは個人的にプランをシュプリンガーに話したが、シュプリンガーは予想される再編成と一出版業者としての彼の独立性への干渉について議論することを拒否した19。しかし、これらの大望が何であれ、結局彼等は戦争進行の間妨害された。
ジュースとDMVの数学出版及び数学査読のアイデア、イデオロギー的背景についてもっと多くのことを述べることが出来るが、彼等は単に見解としてこれらのアイデアを持つことで満足せず、数学査読及び出版の支配力を獲得するために、それらのアイデアを積極的に追求しようと決心したことは明らかだ。これに対して、シュプリンガー出版社はユダヤ人数学者達及び国際的な数学コミュニティとの近い関係、そしてフェルディナント・シュプリンガー自身にユダヤ人先祖がいたという事実のため奇妙な立場にいた[11]。従ってDMVとジュースは大ぴっらにシュプリンガーのポリシー及び彼の代理人シュミットに反対出来ただけでなく、シュプリンガーの編集組織に関するジュースの振舞い、例えば彼の1938年のシューアへの告発、乗船するために既にブレーメンに向かっていた後で米国へ旅行中のシュミットを止めようとしたこと(この場合は不成功だが)に見られるように、やがて政権が提案することに頼れた。
DMVの専門家的ポリシーは実のところナチ国家の中核に立つ問題と密接に絡み合っていた。つまり、その反ユダヤ主義、反国際主義、自給自足経済。教育研究省の目的はこれらの問題を科学の全範囲に伝道することであった。その究極的な結果は彼等のコントロールを超えたけれども、このプログラムにおけるDMV委員会、特にジュースの協力は戦争の間彼等の影響力と彼等のポリシーの成功によって報われた[10]。

第二次世界大戦中の対立
1941年末、物理学者ヨハンネス・ラッシュ博士は2つの覚書を第三帝国研究評議会(Reichs-forschungsrat)に送った。第三帝国研究評議会はドイツの科学研究の組織を担当する政府機関だった。ラッシュはジーメンス・ウント・ハルスケ会社の技師だが、工業における物理学者達と技師達が使用するための数学参考文献の不足について不平を述べた。彼は他の国々、特に米国におけるより良い状況を指摘した[7, pp. l15f]。ラッシュの覚書はすぐに反応され、1942年の始めに第三帝国研究評議会は利害関係のある人達のために主要な数学参考文献と文献を獲得するためのプログラムを始めた。これらの作業の殆どが、それらを作製するために特別に任命されている数学者達に割当てられ、刊行プログラムはジュースに任された。ずっと前の年々にジュースは繰返し第三帝国研究評議会にもっと数学に興味を持って貰い、特に数学の特定部門を設立して貰おうと頑張っていたが、いつも空しく終わっていた。その特定部門は物理学部門を通して評議会に代表しているのに過ぎなかった。ラッシュの首唱は"第三帝国研究評議会とDMVの実際的な連絡"を引き起こす歓迎すべき機会を与えていたから、当然ジュースはこの突然のチャンスから"数学の地位のために"利益を得ようと努めた20
しかし、ジュースは第三帝国研究評議会からの公務を持たなかったけれども、それを実行するための十分な資金援助をまだ持っていなかった。彼はヘルマン・ゲーリングの強力な航空省とそのリソースの関心をプログラムに向けようと頑張ったが、問題が発生した。航空省のForschungsführung[訳注: 研究管理]において、数学に関係する問題はフライブルクの数学者グスタフ・デッチュ(1892-1977)の責任下だった。デッチュは工学の要求、特に航空産業による定式化を密接に研究したが、小規模と言えども同様の刊行プログラムを既に始めていた。彼は彼自身でラプラス変換に関する本を作業していた[10]。それにもかかわらず、彼等は1942年の9月に各々のアイデアを議論するために会合した。この会合においてジュースは最近再編成された第三帝国研究評議会から今や資金を集め終わったから、自身のプログラムを扱えるだろうと公表した。それにもかかわらず、彼等は彼等のやっていることを調整することに少なくとも賛同したが、その意味で彼等の活動は戦争の残りの年々の間共存した。ジュースのプログラムは明らかにもっと野心的なものだったし、プロジェクトの数、印刷されたモノグラフまたは戦争終結までに印刷準備完了のモノグラフの数の観点からももっと成功した[7, p. 115]。
デッチュとジュースの数学出版における張り合いは彼等の出版社の選択によって反映された。デッチュは彼自身の出版社のシュプリンガーと協力するつもりだったし、一方ジュースはベーンケの提案に従って、ゲオルク・ファイグル(1890-1945)がシュプリンガーとも交渉してくれと頼んでいたけれども、ライプツィヒにあるAkademische Verlagsgesellschaftと作業を始めた。デッチュの方では1942年10月にシュプリンガーを訪ね、シュプリンガーのいくつかのプロジェクトが彼自身のプログラムに完全になじむことを発見した。そのプログラムはウィルヘルム・マグナスによる公式集、ウィルヘルム・マグナスによる楕円函数に関する本、アルバート・ベッツによる等角写像論に関する本、ゲオルク・ファイグルとエルハルト・シュミットによる実函数による展開に関する本、Walther Meyer zur Capellenによる積分表。マグナスの公式集は1943年に出版され[4]、シュプリンガーは結局ベッツ、マグナス、Meyer zur Capellenによる本を戦後の数年に出版した[1], [5], [8]。その間に、ジュースは1944年に依頼した作品のリストにマグナスのモノグラフ[5]とファイグル/シュミットのモノグラフを含めた。後者は出版されることはなかった。
シュプリンガーの数学アドバイザーのシュミットはデッチュとジュースの間の競争をよく知っていたし、それらに関する彼の見解に非常な自信を持った。ジュースは数学出版に対する遠大なプランを全く人に話さなかったが、それはシュミットを特にシュプリンガーの出版ポリシーの独立性に関して心配させた。これらの恐れに加えて、シュミットはデッチュをジュースよりも実際的で能率的だと考えた。だから、いずれにせよ選択があるならシュミットはデッチュをシュプリンガーにとって良きパートナーだと信じた21。だが、シュミットは明らかにジュースが強い立場にあり、デッチュが彼に対抗してシュプリンガーのサポートを必要とするだろうと認めた22
1943年の始め、デッチュのForschungsführungにおける影響が劇的に減少し、ジュースが数学モノグラフの依頼の実際的な独占を獲得した[10]。詳細なトピックに関して数学者達による同時作業が戦争中には事実上不可能だった(直接の競合の可能性を否定した)という理由でシュプリンガーは数学分野での彼等の支配が崩壊するかも知れないという危険を考えた。従ってシュミットはジュースの活動に構わず戦後に可能性のある著者達と交渉することになった23。9月までにシュミットはシュプリンガーの将来についていっそう楽観的になった。航空省はウォルター・ブローデル、Gerhard Damköhler、エーベルハルト・ホップの3つの計画されたモノグラフを戦争努力に重要であると認めていた。それは著者達にそれらの研究を始めることを許可した。ジュースがヴュルツブルクでのDMV会合で刊行プログラムに関する報告をしていた時に、彼がもっぱらAkademische Verlagsgesellschaftと作業することになっているのは明らかだったようだ。シュミットはジュースのプロジェクトが戦後ほとんど存在意義を無くす印象を受けた。従ってシュミットは再びシュプリンガーに長期間その地位を防衛するために戦後のためのプランに専念するように提案した24
1938年以降ジュースの数学出版のシステムへ干渉する様々な企てはどういうわけか計画経済を引き起こそうとする試みに似た。DMVは数学での専門家的影響全体の絶対的なセンターになっていた。彼は1941年4月のゲオルク・ファイグルへの手紙の中でで、これを完全に明らかにした。すなわち"もっぱらDMVのために数学に対するすべての権利と責任を獲得する帝国主義的な目標を私は持っている"25。当然この野心的な目標は航空省でのデッチュの影響力のある地位と両立しなかった。しかし、刊行プログラムの取った進路はデッチュの悪化している勢力基盤とジュースの外見上は期待の新星の紛れもない兆候だった。1944年の2月ジュースはゲッベルスの宣伝省とシュペールの軍需省のための"数学出版に対する公式検閲官"にもなった26。これは数学作品を印刷するための申請すべてが彼の承認を必要とすることを意味し、数学出版における彼の影響はいっそう増加した。

戦後のシュプリンガーとジュース
1946年6月、ゲオルク・ファイグルの未亡人マリア・ファイグルはジュースがファイグルの本について質問して来ているとシュミットへ手紙を書いた。とりわけジュースは彼女がシュプリンガーと契約するのか知りたかった。ジュースは彼女に彼自身がモノグラフのシリーズを刊行しようとしているところであり、その中にファイグルの本が立派に含まれるだろうと言った。このシリーズはStudia Mathematicaとして実現し、ゲッティンゲンにあるVandenhoeck & Ruprechtによって刊行された。
シュミットは彼を教授職として考えているミュンスター大学に推薦状を送ることを依頼するため7月にシュプリンガーへ手紙を書いた時、マリア・ファイグルの手紙の写しを同封した。新しい戦後の政治的状況において、彼のナチ時代の態度をはっきりさせることが明らかに重要だった。シュミットは彼が1938年の末までユダヤ人数学者達と協力したことは知られており、1939年5月の彼の米国への旅行は非常に反対されたことをシュプリンガーが言及してはどうかと言った27。ミュンスター大学への推薦状の手紙の中で、フェルディナント・シュプリンガー(シュプリンガー出版社からファイグルの本をおびき出すジュースの企てに酷くいらついていた)はシュミットのアウトラインに従ったが、シュミットが当事者としてのジュースに言及しなかったのにシュプリンガーは言及した28
9月に、そのストーリーはフライブルク大学の学長に届いた。ジュースは戦後フライブルクで大いに敬意を払われており、1945年の夏に2か月間の教授職を一時停止させたばかりだったので、学長はすぐにシュプリンガーに詳細を要求した29。非ナチ化の間にジュースへクレジットされた多くの"良い行為"にもかかわらず、彼のナチとの協力の範囲が一般的にフライブルクでも数学コミュニティにおいても知られていないことが彼にとって特別に重要であり、もちろん十分だった。それらの人々の殆どがこれらの事柄をたとえ知っていたかも知れないとしても、それらを暴露することに興味を持たなかった。
シュプリンガーはフライブルク大学の学長であるアーサー・オールゲアーへ10月に返答し、1939年に米国への道中でシュミットを逮捕しようとしていたこと、教育研究省においてシュプリンガーをユダヤ人移住者達、特にリチャード・クーラントとの接触のために公然と非難したことを申し立てた。シュミットもオールゲアーへ手紙を書き、以下のことを言った。シュプリンガーの共同経営者Tönjes Langeが教育研究省から旅行許可を確保しようと頑張った時に、Kummer大臣が彼にジュースは彼がまだユダヤ人移住者達と近い関係にあるので旅行に強く反対していること、そしてジュースは自身が代わりに米国に行くのはどうかと言っていることを話した30。ジュースはシュプリンガーとシュミットが告発している彼の責任すべてを否定した。彼はフライブルク非ナチ化委員会(Selbstreinigungsausschuβ)によって尋問されたが、完全に容疑は晴れた31。1938年末のJahrbuchZeitschriftの融合の議論に先立って、教育研究省においてシュプリンガーを言及したことはないと彼は証言した。そして更にジュースはKummerをシュプリンガーの味方として特徴づけたが、従って何ら証明も無く信頼出来ない目撃者として。当然彼はDamesとの会合または1938年3月のシューアに関する公然の非難についての情報を自ら進んで申し立てしなかった。
シュプリンガーは1月末に手紙でジュースの容疑が晴れたことを知らされた。手紙に同封されたのは非ナチ化委員会の報告の写しだったが、それはシュプリンガー自身が事実をわい曲したことを暗示した。シュプリンガーはきっぱりと否認したが、彼の抗議から何も生じなかった32
戦後の年々にシュプリンガーとジュースの間の関係が改善する兆しは無かった。1946年の夏、ジュースは新しい数学ジャーナルを刊行するプランを追求した。そのジャーナルはMathematisches Forschungsinstitut Oberwolfach[訳注: オーバーヴォルファッハ数学研究所]によって編集されることになった。Mathematisches Forschungsinstitut Oberwolfachは1944年末にジュースが設立していた。シュミットとシュプリンガーは新しいジャーナルをMZに対する公然たる競合相手と考えた。ジュースが適切な出版社を探した時、友人達は彼にシュプリンガーと交渉せよとしつこく言った。ジュースは明らかにシュプリンガーと交渉したくなかった。新しいジャーナルは結局1948年にArchiv der Mathematik[訳注: 数学アーカイブ]というタイトルのもとで出現したが、カールスルーエにあるVerlag Braunによって刊行された。そして、1952年にバーゼルにあるビルクホイザーに引き継がれた。

結語
ナチドイツにおける数学と数学者達の歴史は、ビーベルバッハとDeutsche Mathematikまたはゲッチンゲンの数学的伝統の廃止によって例証される極端な状態の歴史としてよく強調される。しかし、どれほど重苦しくても、これらの現象はよく目立つ現象に過ぎない。他方、科学出版におけるシュプリンガーの独立性に対する脅威は、一般的に大衆からは見えなかったし、公式指図からの結果にもならなかった。むしろ、その脅威はナチ党と政府官僚の毎日の協力から生じた。どんなに動機づけられても、この協力はナチ官僚主義の目的と機能にとって本質的だった。この観点から、シュプリンガー出版社とジュースとDMVでの彼の同僚の間の対立のストーリーは過ぎて行く歴史的詳細の単なる珍しいコレクションではなく、数学者達の専門家的ポリシーとナチのポリシーがどのように実際に相互作用したのかを実例で説明しているのである。

参考文献
(略)

13528041 journal
日記

akiraaniの日記: 本日のねためも 1

日記 by akiraani

チケキャン、利用規約にない「VIP会員」存在 ミクシィの対応遅れを指摘、第三委(ITmedia)

ミクシィが把握したのは買収後の16年10月で、17年2月以降はVIP会員の新規獲得を行わず、12月に制度自体を廃止したとしている。17年夏ごろには制度の廃止を決定していたが、警察から一部のVIP会員の捜査照会を受けたため、すぐに廃止を会員に通知すると捜査に支障が出るとして遅れたという。

 つまり、VIP会員制度をばっさり切っちゃうと、業者が不穏な空気察して逃げちゃうから警察の捜査のためにあえて泳がせていた、と。だいぶ前からわかってたんじゃないか。ステマまがいの商法とか、高価格転売禁止要請の無視とか、状況証拠そろいまくってるのに悠長なことしてたんだな……。

講談社、『ヤングマガジン』など漫画6誌定期購読アプリの詳細を発表 書店員協力による「人力オススメ機能」も搭載(ITmedia)
 講談社内部にとじたサービスとはいえ、いろいろがんばったなぁ。月額自体はそこまで安いものじゃあないけど、ポイント分での単行本購入とかう話数単位での購入とかいろいろ工夫してる。アプリもあるけどWeb版があるというのも最近のサービスではちょっと珍しいね。

タクシー需要、30分先まで予測 ドコモが「AIタクシー」提供 待ち時間短縮へ(ITmedia)

ドコモが基地局それぞれのエリア内にある携帯電話の台数を集計し、人数を推計する技術「モバイル空間統計」を活用する。

 この集計ってのはシステムに参加したタクシーだけだろうか? それだったら効果はいまいち薄いんじゃないかという気がするんだけど。まあ、そんなに高価なシステムではないみたいだし、エリア限定で実効性の高い情報があれば役に立つのかな?

個人情報保護法もクリア済み、ドタキャン客の電話番号を飲食店同士で共有するサービス(InternetWatch)

ちなみに同様のコンセプトを持つ「予約キャンセルデータベース」なるサービスが昨年話題になり、現在もデータは日々追加されているようだが、今回発表されたサービスとの関連性は不明だ。

 昨年話題になったやつはスラドでも話題に上がってたね。運用に出来るだけ手間がかからないように集めるデータも限定的だし、多分データの多方面への活用もあまり考えてないっぽいなぁ。試験運用もやった上で正式公開に踏み切ったってことは、こんな単純なやり方でもそれなりに効果が見込めるということなのかねぇ。

Nintendo Switchの自分でつくってあそぶ「Nintendo Labo」第1弾「バラエティキット&ロボットキット」の詳細がわかるムービーが公開、Toy-Conの驚異の自由度が明らかに(GIGAZINE)
 なにこれすげぇ……。最初のでも映像見たときも衝撃だったけど、それ以上だ。釣りのゲームとバイクのゲーム単体で普通にソフトとして出しても売れるレベルの作り込み。ピアノの紙切って波形データ作れるやつとか驚愕しすぎて声でそうになったわ。

「そうすることになっています」 Twitter社員の「床にひざまずいて対応」が議論に 広告停止された作家のツイート発端(ITmedia)

編集部ではTwitter Japanにも直接問い合わせてみましたが、残念ながら個人の書き込みに対しTwitterとして公式にコメントを出すのは差し控えたいとのことでした。

 否定しないんだ……。と言うことは、そういう対応は起こりうるような環境なんだって事なんだな。権限云々の話もおそらくは事実と言うことか。優先度云々は中の人の胸先三寸だろうとは思うけどね。過去、乗り込んだらあっさり凍結解除されたって報告があったりもしたからなぁ。乗り込めば良いって事を認めてしまえば、当然大挙して押し寄せてきてパンクするし、そう答えるしかないだろう。

NEC、「世界最速」ブロックチェーン技術を開発 毎秒10万件超の取引が可能に(ITmedia)

同社は、最近の汎用プロセッサが備える「TEE」(メモリ空間の一部を特定のプログラムからしか読み書きできない領域として保護する機能)のセキュリティ機能を活用し、参加ノードが合意形成するために必要な通信量・通信回数を削減する。

 そんなことできるんだ……。要するに、ページロック的な機能をプロセッサのセキュリティ機能を使って実現することでトランザクション処理を高速化するって事だと思うんだけど、理解は正しいんだろうか。

13526881 journal
日記

akiraaniの日記: 本日のねためも 2

日記 by akiraani

漫画家協会、海賊版サイトを批難する声明発表 「文化が滅びてしまう」(ITmedia)
 いよいよ著作権者本人がこういうこと言うまでになったか……。本来ならマネジメント商売をしている人がそのへん面倒見ないといけないんだけど、それすら限界に来てるんだな。「全く創作の努力に加わっていない海賊版サイトなどが、利益をむさぼっている現実がある」という言葉が象徴するとおり、根本的にまずいのはフリーライダー商売で、海賊版ってのはそういうフリーライダー商売のわかりやすい形態の一つでしかない。

女子高生AI「りんな」とライブ中に“生電話”可能に(PC Watch)
 音声でやり取りできるようになるのか。これは実況系の動画でレビューしてもらいたい案件だな。バーチャルユーチューバーの誰かが音声対談企画とかやんないかな。

電源要らずでリアルタイムな運行情報を表示する「スマートバス停」 実用化目指して福島県で実証実験(ITmedia)

画面書き替え時にのみ電力を消費するE-Ink製の電子ペーパーに、IoT機器向けの通信規格LTE-Mを組み合わせて消費電力を抑えた。実証実験を通じ、将来的にソーラーパネルなど自然エネルギーだけで駆動することも検討する。

 バス停のあのスタンド、どうせ土台部分にでっかい重しつけるんだし、ちょっとでかめのバッテリー積めばソーラーでの運用も可能だろうな。時刻表の張替えやらも可能だし、運行情報の提供もいいけど、次ぎ乗りますボタンでもつけておいて、そのバス停に人がいるかどうかをバスの運転手にあらかじめデータよこすってのもありかも。

囲碁の方が世界でメジャーなのに、将棋より人気がない理由(ASCII.jp)
 見ててわかりにくい、は確かに人気を語る上では不可欠の要素だなぁ。ただ、スター選手の登場を期待するってのは体制としては余りに受動的過ぎる。やるなら将棋で言うところの電王戦のようなAI囲碁とコラボしたイベントとかを継続的に行ってメディアに露出し続けるとかだろうな。そういう風にして露出を増やしていけば競技人口の底上げになるし、強人口が底上げされれば、強い棋士が出てくる可能性も増える。普段からそういう体制をちゃんと整えていれば、ヒカ碁人気みたいな突発的な需要にもある程度対応できたと思うんだけどね。いっそのこと、コンピュータ競技を入り口にしたe-sportsとしての道を模索するとかしても良いんじゃないかな。

任天堂社長が断言「既存ゲームとスマホゲームは併存できる」 君島達己・任天堂社長に聞く(下)(ASCII.jp)

――スイッチは持ち運びもできます。いまの「ニンテンドー3DS」のような携帯型ゲーム機のカテゴリーはどうなりますか。後継機は考えているでしょうか。

 3DSは、実は売れています。スイッチを上方修正したのが目立っていますが、3DSのハードも数は少ないですが上方修正しました。

 2DSみたいな廉価版も発表してるから売れてるんだろうと思っていたけど、やっぱ売れてるんだな。ただ、ハードとしてはだいぶ古い時代のものになっているからいい加減次世代機も出て欲しいなぁ。Switchと連携して色々出来たりとか考えるとしたら、そろそろ動きがあると思ってたんだけど、そもそも売れ行きが鈍ってないということであれば当面は現行機が継続なのかなぁ。

アメリカ海軍が軍艦にレールガンを搭載した中国に対抗するため約160億円の巨大レーザーキャノンを購入(GIGAZINE)

レーザー兵器にはさらなる利点があり、ミサイルでは1発あたり100万ドル(約1億1000万円)以上、レールガンでさえ高価な砲弾を発射する必要があるものの、レーザー砲では弾は必要なく、1発あたりのコストもわずか数ドル(数百円)程度とのこと。

 さらなる、というか最大の利点はここだろうなぁ。一発あたりの威力が弱くても複数台同期させるとかやり方はあるかもしれないし。まあ、この辺は照準機能の強化次第だろうけどね。

「初回630円」のはずが1万円以上の注文に 誤認トラブル相次ぐ「すっきりフルーツ青汁」を消費者団体が提訴 (ITmedia)

―― 訴状では「30日間返金保証」の制度についても、諸手続きや手数料などの関係で、実質的には返金を受けるのが非常に難しいと指摘しています。

三崎社長:返金制度についてはあくまでこちらの企業努力として行っているもので、本来消費者にとっては非常に有利な制度なはずです。実際に2017年だけでも4000件弱の返金がありました。しかし、これが不当だと言われてしまうのであれば、今後は廃止も検討していこうと思っています。

 ゎぁぉ……。一部の隙もない理論だねっ。これはやる気まんまんですわ。まあ、健康食品作ってる会社って宣伝文句のコンプライアンスには厳しいし、逆に合法である限りはグレーゾーンぎりぎりをこれからも突っ走るんだろうなぁ。たくましいわ。

百花繚乱、自転車シェア メルカリの1分4円自転車シェア「メルチャリ」は何が違う? (ITmedia)

この課題に対してメルチャリでは、「放置車両を見つけたら、利用者がポートへ戻す/故障車両があったら報告する」などの運営を手助けする行動にメルカリポイントなどのインセンティブを付与する仕組みを設けました。併せて、「放置自転車を探してポイントゲット」といったゲーム性の要素(ゲーミフィケーション)も取り入れることで、利用者が自発的に参加したくなる仕組みを設けます。

 うん、まあ仕組みとしてはこれ面白いと思うけど、ちゃんと機能するかどうかは現時点では???だなぁ。シェアライドって言うけど、流通的に需要ってどうしても一方向に固まるわけで、その差分が吸収できるほどの台数を用意できるかといわれると多分無理だろうし。ポイントインセンティブでカバーするといっても効果は限定的だろうな。

あの「ちゆ12歳」がバーチャルYouTuberに(ITmedia)

YouTubeチャンネルで7本の動画を公開。動画に登場するちゆ12歳は、全身が揺れ、目と口、胸が動く。音声はテキスト読み上げの“ゆっくりボイス”だ。

 いかにしてディープなネタ持ってこれるか勝負だったテキストサイトでのノウハウをそのままゆっくり解説で応用するというコンセプトか。生の反応とライブ性がポイントのバーチャルユーチューバーとはまた違った需要狙いの路線だなぁ。バーチャルユーチューバーって言葉のイメージがもともとのバーチャルネットアイドルとかぶるところがあるから採用したってだけで、流行に乗って参入ってのとはちょっと事情がちがうっぽい。どっちかというとAIアナウンサーに近いんじゃないかな。

3Dプリンターで古い「旧車」の部品を出力して供給することをポルシェが発表(GIGAZINE)
 なるほど、これこそ3Dプリンタの一番有効な使い方かもしれないな。需要が少なくなればラインの維持をさっさとやめてしまって、必要に応じて必要な保守部品を出力できるようにすると。今後3Dプリンタが進化すればするほど在庫リスクとの天秤は傾きやすくなるし、なんなら出力サービス自体をアウトソーシングすることも可能になるね。メーカー一社では導入が厳しくても、いろんなメーカーの補修用金属パーツを一手に引き受けることで利用者を増やすってのはありな商売かもしれない。

13526735 journal
日記

akiraaniの日記: 松のやでカキフライとじ丼やっててうれしかった、という話

日記 by akiraani

 先日、ザ・どんが行動圏内になくなってしまって、もうほぼ食べれないだろうと思っていたカキフライの卵とじ丼が、近所の松のやで食べられることを発見。
 というわけで、先週末に食べたのだけど、ミニカレーうどんのセットとか出来て、ますますザ・どんじゃないかと……。

 味の方はと言うと、まさにザ・どんで好きだったカキフライ丼の味まんまでした。揚げ立てのカキフライを卵とじ丼にすることでちょっと癖の強い牡蠣の風味がちょうどいい感じになってる。そうだよ、こういうのでいいんだよ、こういうので。(ゴローちゃん風)
 ミニカレーうどんはザ・どんのミニカレーうどんより麺が柔らかくてスパイシーでした。こっちはちょっと好みからは外れる。

 明日から始まる朝定食の玉子丼もなんか懐かしくてよさそうだなぁ。松屋のネット会員入会も検討しようかしらん。

13526181 journal
日記

akiraaniの日記: 本日のねためも 1

日記 by akiraani

YouTube、悪質ユーチューバー対策を強化 広告掲載停止など(ITmedia)

YouTubeは公式ブログで「一部のYouTuberの問題行動のせいで、クリエイターコミュニティ全体の評判が傷ついている」とし、従来の報告と警告制度だけでは迅速に対応できなかったので、新たなステップを追加したと説明する。

 本来なら、広告スキームで一般人に金稼がせようって体制に入った段階でBPO的な組織を編成すべきだったんだよなぁ。まあ、それはそれでGoogleに検閲の利権を与えるということでもあるわけでねぇ……。公益を叫ぶなら、Google任せにせずに第三者組織立ち上げて平等に運用しないとね。

日本の性教育は時代遅れ、ユネスコは小学生に性交のリスク教育推奨(ASCII.jp)

現場で試行錯誤を進める中、02年に東京都日野市の七生養護学校(当時)の性教育バッシングが起きます

 七生養護学校事件……うーん、「男性器と女性器の部位や名称を織り込んだ歌や人形を使った授業方法」が不適切とされたってあたり、これもうどうしようもないな。周期律表の縦の語呂合わせみたいに直接関係ないシモネタならまだ批判もわからないではないけど、性教育だからそのものずばりな用語使うのは当たり前じゃないか。そして、裁判の結果は処分を取り消しってなってるわけだけど、結局一度根付いた論調はそれで変わったりはしなかったと。

投稿されるInstagram写真はみんな同じ? “インスタ映え”写真を集めてスライドショーにした動画が同じ写真の連続に(ITmedia)
 まあ、そうなりますよね、としか言い様がないなぁ。ただまあ、素人写真に何を求めてるのかって話でもあるので、だからいかんとかそういう話にはならないけど。大量のごみ写真の中から奇跡のショットを集合知とかAIで掘り起こすというところにポイントがあるわけで、水面下の有象無象見てどうこう言ってもしょうがない。

「バレンタインのチョコは男の子にあげるものなのに、どうして男の子向けが売ってないの?」子どもの疑問を企業に聞いてみた(ITmedia)
 記事の内容はどうでもいいんだけど、1ページ目にある「バレンタインと言えばゲタ箱のイメージ」の画像がコミPoなのがちょっと珍しいのでクリップ。なるほど、こういう使い方があるのか。改めてみると、こんな後姿のカットでも体型がいじれないコミPoだと一発でわかってしまうのはちょっといただけない気がするんだけど、あれなんとかならないのかねぇ。多少破綻してもいいからもうちょっとバリエーション出せないものか。

「電気自動車がクリーンでエコな乗り物とは限らない」というサイクリストの主張(GIGAZINE)

さらに「自動車よりも自転車のほうがずっとクリーンで効率的です。自転車推進国であるはずのオランダは新しい自動車を購入する助成金は出すのに、自転車用通路の整備やベロモービルに対しては補助金を出していないのです」と嘆いていました。

 なるほど、本音はここかw いやまあ、おっしゃる通りではあるんですけど、それはそれでなかなかな無理筋といいますか……。クロネコヤマトが使ってるみたいなリヤカー牽引自転車が走れる専用の道と駐輪場が整備されれば便利かもとは思うけど、まあ現実的には無理だよねぇ。

福井大雪、知事が企業へ異例の操業休止要請(ITmedia)
 まあ、ついこないだ「不要不急の外出は控えろ」って言って「仕事は不要ではないから」っていってこぞって出勤して、案の定交通機関が麻痺して阿鼻叫喚って光景見たばっかりだからなぁ。偉い人の権限でオフィスの操業を控えろってのは必要なところに必要な要請を出しているという点で正しい処置だと思う。

コインチェック、日本円の出金を再開(ITmedia)

仮想通貨の出金停止は続いており、「安全性が確認でき次第再開する」としている。

 うん、まあそんなこったろうと思った。これやっちゃうと取り付け騒ぎになりそうだから、ビットコイン他の仮想通貨全体が底値打つくらいまで低迷するか、ほとぼり冷めるまで待たないと安全性とか確保できないだろうな。

キヤノン、ビジネス文書印刷にも適した特大タンク搭載インクジェットプリンタ2製品(ITmedia)

インク交換の手間を大幅に軽減できる他、A4カラー時約0.8円、A4モノクロ時約0.3円の低ランニングコストを実現した。

 エプソンのやつと比べても遜色のないレベルのランニングコストだな。キヤノンも本腰入れてきたって感じだなぁ。直販でこの価格ってことは店頭だともうちょっとするかな?

13525667 journal
日記

akiraaniの日記: 業務スーパーの冷凍大根おろしで作るみぞれ鍋 7

日記 by akiraani

 業務スーパーの冷凍大根おろし、1kgで199円というコスパを誇るのだけど、いかんせん量が多くて使いづらい。
 ということで、これ使うときは大量に使えるみぞれ鍋になってしまう。このみぞれ鍋、実は店とかでちゃんとしたものを食べたことがないのでどうやれば美味しくなるのかがいまいちイメージがわかない。

 とりあえず、冷凍の大根おろしと切った食材、鍋スープをレンジで使える大型容器にいれてレンジで加熱するというきわめて手抜きなやり方でそれなりに食べられるものが出来てはいるが、これ多分やり方が違う。
 そもそも大根おろしは煮込みすぎないほうがいいのではないかという気がしているのだけど、それがどのレベルなのかはわからない。もしかして、焼肉のように最初から大根おろしを取り皿に分けてしまって鍋の具をひたして食う、とかでよかったりするのだろうか。

 ちなみに、冷凍の大根おろしを少量ずつ使う方法だけど、こないだちょっとうまいやり方を発見。
 これまでは千枚通しでミシン目作って割っていたんだけど、凍ったままの冷凍大根おろしを包丁の背で削るというやり方を思いついた。大き目の平皿の上で冷凍の大根おろしを削って落とし、シリコンスクレーパーとかでかき集めれば、ごく少量をちょっとずつ使うことが出来る。
 この方法の何が優れているかというと、解凍の手間がいらない、というところ。自宅焼肉とかで焼いた肉を皿に広げて冷凍大根おろしをこの方法でまぶして、ポン酢かけて食べるとかありかもしれない。

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にわかな奴ほど語りたがる -- あるハッカー

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