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日記

akiraaniの日記: Kindle契約書の、著作権管理問題の背景 3

日記 by akiraani

Amazonが国内出版社に提案した電子書籍関連の契約書が話題にの記事についての話ですが、めちゃめちゃ長文になると思うので日記に書きます。

 Amazonの要求に無理がある、という部分も多いですが、件のブログでは出版業界の問題については語られていないので補足が必要だと思います。

「これまでの全書籍を電子化せよ」について
 こんな条項米国の出版社だって飲めてないだろう。契約書でそういう話が通用するのか不明だが、努力義務みたいなものではないかと思う。というより、これが努力義務以上の効力を持つのであれば、米国でもそんな条件で契約する出版社はいないじゃないかと……。
 米国のようにKindle市場がすでに立ち上がって、紙の書籍も含めて圧倒的なシェアを持っているならまだしも、これから立ち上げますという国内状況で無差別に電子化してもオーサリングコストすら回収できない。
 そんなことは出版社に問うまでもなくAmazon自身もわかっているはずなので、どうしてこのような条項が入っているのか正直不思議です。

「売り上げの半分以上はアマゾンへ」について
 これはどうかなぁ。コメントでも指摘されているように、DRM管理やらプロモーションも含めて、取次以降の流通業務をすべて肩代わりしてくれるわけだから、見えていない部分も合わせればさほど暴利というものではない可能性もある。
 一般的に電子ストアに置くとは言っても形態は様々で、オーサリングの費用負担、マーケティングやアフィリエイトによる販促などを誰がやるかによって変わってくる部分も大きいんですが、現状その部分が明らかになっていないので判断しようがない。

「欧米流の「著作権管理」を要求」について
 これに関してはどっちもどっちだと思う。本来、電子書籍のような柔軟なフォーマットで販売しようと思えば、こういった一括の権利処理システムがどうしても必要になる。それができていないのはブログにもあるように日本の著作権法上の問題が大きいわけだが、商慣習として根付いている部分が大きいというだけで、著作権管理事業法にのっとった管理が不可能なわけではない。

 さて、ここからが本題ですが、書籍の著作権管理については細かく説明が必要だと思うので、以下に解説します。

 まず抑えておかないといけないのは、日本の著作権法における書籍の特殊性についてですね。知らない人も多いと思いますが、世界的に見て随分特殊な権利体系になっています。

 日本の書籍出版では著作権は出版権という権利で管理されています。

 出版権は著作権法で出版社が持つとされている権利で、出版を独占することができる。出版権が有効なうちは、たとえ著者がOKしたとしても他者からの出版を禁止することができます。
 その代わり、継続的に出版する義務があり、この義務を果たしていない場合、著者が出版権の打ち切りを請求することができると、法律上明記されています。
 このため、出版契約というのは基本的に期限が決まっており、絶版とともに契約解消となるのが一般的です。
 また、電子書籍の出版は著作権法上での出版には該当しないという解釈が一般的です。

 では、複製権、公衆送信権など、電子出版で必要になると思われる権利はどうなのかというと、著作権法上は著作者しか権利を持っていません。
 音楽や映像ではこの手の著作財産権は著作隣接権としてレコード製作者や演奏家にも付与されます。このため、ネットで不正コピーが出回れば、レコード会社でも演奏家でも著作者でも取り締まることができます。
 ところが書籍出版では著作隣接権は定義されないので、そのままでは不正コピーを取り締まることすらできません。このため、著作財産権の行使については出版契約で著者から委譲されるようになっているはずです。
 なお、公衆送信権については契約に含まれるようになったのはかなり最近のはずなので、古い書籍の出版契約では定義されていないケースもあるんじゃないかと思います。

ポイントは以下の2点です。
・出版権には義務が存在するので、出版契約は永続ではなく絶版とともに解消される
・電子書籍の配信で必要な複製権と公衆送信権は出版契約で委譲されるものなので、契約が解消されれば権利は著者に戻る

つまり、現在の商慣習では紙の書籍を絶版にすると出版社は電子書籍を配信することができなくなるわけです。
Kindleで電子書籍を販売する場合も同様で、紙の書籍を絶版にすると、著者に管理を委譲するかKindleストアから品を引っ込めるかする必要が出てくるわけです。
企業でやっているレベルの管理業務をいきなり素人の著作者に委譲するなんてそうそうできるはずもなく、出版社主導でやると絶版になれば電子書籍ストアからも商品引き上げ、となるわけです。
このため、既存の電子書籍ポータル(パピレスやらeBookJapanやらも含む)は出版社とは別に著者と権利契約を行っているはずです。どこのサイトに行っても品ぞろえが似たようなものになるのは、電子出版に関する権利処理を行える一部の著者の作品ばかりが集中的にラインナップされるからですね。

欧米の場合、電子出版に関する権利処理を行える著者がごく一部ではないし、エージェント業者がたくさんいるのでAmazonが直接引き受けることができるわけですが、日本ではどちらもレアなので今のやり方では無理です。出版権を著者を飛び越えて出版社が持つという法体系では権利処理を著者が行う意味もほとんどありませんので、いつまでたっても状況は改善しないでしょう。

これだけだと、法改正を行わないと電子書籍は普及しない、という結論になってしまいますが、現行法のまま対処する方法がないわけではありません。このあたりの問題については件のブログではまったく触れられていません。

出版権以外の権利処理を出版社が行わず、著作権管理事業者に委託する形にすれば、権利の一括管理が可能になります。簡単にいえば、音楽業界のやり方を真似すればよいわけです。

音楽業界では著作者(作詞・作曲)の権利はレコード出版契約時にJASRAC等の権利管理団体に著作者を登録し、著作権使用料は権利管理団体から支払われる形になっています。(別途印税契約があると思われますが、それと著作権料はまた別です)
このため、カバーアルバムを出す場合は著者に直接連絡を取る必要はなく、権利管理団体に所定の手続きをして使用料を支払うだけでよい。

これと同様に、書籍の著作財産権については出版契約時に出版社が著者と権利管理団体の契約を仲介し、出版時の著作権使用料を出版社が著作権管理団体を通じて支払うようにすれば、絶版になっても権利管理団体という権利処理窓口が維持されます。

ただ、一朝一夕で実現できる話ではないというのも確か。JASRACは国策で立ち上げられてから60年以上にわたって権利管理を行ってきたという業務基盤がありますが、それをいきなり浸透させようとするのは業界内の活動だけでは無理があります。

まずは出版業界全体で本格的な管理業務が可能な著作権管理団体を立ち上げ、そのうえで、新規の出版契約では著作権管理団体を仲介する方式をデファクトスタンダードとして推進し、絶版になっていない既存の作品についても出版契約を改定して著作権管理団体と著者と契約するよう働きかける……。
業界で結託して強制的に著者との契約を進めれば独占禁止法違反になってしまうという問題もあります。このあたり、知的財産戦略本部あたりが国策として推進するとかしないとダメなんじゃないかという気がします。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by firewheel (31280) on 2011年10月31日 22時57分 (#2042919)

    >「これまでの全書籍を電子化せよ」について
    > こんな条項米国の出版社だって飲めてないだろう。契約書でそういう話が通用するのか不明だが、努力義務みたいなものではないかと思う。

    と同時に、これを契約に入れない限りは、日本の出版社は
    「契約はしたけど、何割を出すとか契約書に書いてない。
    一冊出しただけでも『電子書籍を出版する』という契約は守った。」
    とか言い出すに決まってるもの。

    かりにコレが80%でも、日本の出版社は最も売れてる20%のベストセラーを除いた
    残りカスを電子出版してお茶を濁すでしょう。だからAmazonのこの条項は、電子出版
    を実現する上でとても合理的で、とても重要なものなのです。

  • by Anonymous Coward on 2011年10月31日 17時57分 (#2042714)

    そういう管理団体はすでに存在するというタテマエでコンビニコピーの経過措置廃止をゴリ押ししようとしてなかったっけ?
    ああでも天下り先を増やせるなら100個でも200個でも新設するか。

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