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日記

phasonの日記: 南氷洋における海洋肥沃化はかなりの炭素を海底に沈める 2

日記 by phason

V. Smetacek et al., Nature, 487, 313-319 (2012).

我々のような大陸沿岸近くに住む人間は,海というものを生命にあふれた豊かな場所だと考えがちであるが,その豊かさはあくまでも「陸地がそばにある」事に依存している.陸上,特に環太平洋造山帯のような活発な火山活動を起こしている地域には様々なミネラルを含んだフレッシュな土壌が露出しており,これらが雨で削られる事で各種金属イオン類(および根粒菌などにより固定された有機窒素)が溶出し,海に注ぎ込む.この豊富な栄養があって初めて豊かな生態系が維持出来るのだ(そのため,太平洋の孤島周辺など陸から遠く離れた海洋での水産資源量は少ない).
外洋で不足しやすい栄養素はNとPなのであるが,これら(および,珪藻類の外殻を作るのに必要なSi)が豊富にあるにもかかわらずプランクトンの少ないHigh Nutrient Low Chlorophyll(高栄養塩低クロロフィル)海域と呼ばれる領域がいくつか存在する.代表的にはベーリング海周辺の北太平洋,東太平洋の赤道付近,南極周辺の3箇所である(もう1箇所追加するなら,大西洋の北極周辺).これらの海域,特に南氷洋などは非常に濃度の高い硝酸塩(窒素源)を含むのにもかかわらず,プランクトンの量が非常に少ない.
1980年代にこの謎を解いたのがJohn Martinである.彼はこれらの海域では鉄イオンが不足しているのではないか?という仮説を立て,実際にこれらの海域で鉄が不足している事,鉄を添加するとプランクトンの顕著な増加が見られることを突き止めた.実は酸素存在下で安定なFe3+は海洋中の様々な陰イオンとの間で溶解度の低い塩を作りやすく,陸からの鉄分が流れ込みにくいこれらの海域では鉄濃度が極端に低くなっているのだ.

そんなわけで「栄養は豊富だが鉄が少ないせいでプランクトンが増殖出来ない」海域が存在するのだが,最近ここに目を付けた人々が存在する.彼らの発想はこうだ.この海域に鉄イオンを継続的に供給すれば,プランクトンはどんどん増える.プランクトンは死ぬとかなりの量が海底に沈降するから,プランクトンが増えればその死骸が海底に溜まる.という事は炭素を固定出来るわけで,二酸化炭素の削減にもってこいじゃないか!
そこで2000年前後の数年間に十数回,世界のあちこちで,様々な国際チームが鉄イオンの投入によるプランクトン増殖実験を行った.その結果判明した事は,鉄イオンを投入するとプランクトンは相当増えるが,それらの死骸は海洋表層を漂っている間にかなり分解されまた大気に戻ってしまう割合が多そうだ,というものであった.

さて,今回の論文である.今回の論文,実験自体が行われたのは2004年のEIFEX(欧州鉄撒布実験)で,散布場所は東経2度,南緯49度付近の南氷洋となる.
#実験が行われた日からこのまとめが発表されるまでずいぶん時間がかかっている点が気になるが……
#なお,これまでにも本実験の解析結果はいくつか報告されている.

南氷洋においては南極周回流が東向きにぐるっと南極大陸を囲むように流れている.その内側,南極大陸近傍ではこれと逆向きの海流が回っており,その結果両者の境界面(最初は界面とか書いてましたが,ちょっとどうよ?ともっともな指摘をされたので訂正)に渦が生じる事となる.渦といっても結構なサイズであり,直径で数十から100kmぐらいになる.今回報告されている実験では,この渦の中に鉄イオンを投入し,プランクトン量,海洋中の窒素量,炭素量などの変化を1ヶ月ちょっとの期間にわたって追跡している.

結果であるが,大部分は細かな濃度の変化になるので省略.ポイントだけ挙げておくと,まず他の実験と同様,鉄の投入によりプランクトンの顕著な増加が確認された.また鉄分等に関しては,かなり渦内での局在性が高く,拡散による影響は比較的わずかであり,渦流による閉じ込めの効果がかなり見られる.そしてプランクトンの増大により生じた有機物の行方であるが,20-30日ほどをかけかなりの量が1000m程度の深度にまで沈降している事が確認されている.プランクトンが死んで放出された各種有機物は粘性で結びつき,小さな粒を形成,それがそのまま沈んでいっているのだ.大雑把な見積もりからは,増えたプランクトンにより固定された炭素の50%以上は深海・海底に沈んでいくと推定されている.

渦という効果もあるのだろうが,半分以上が海底に沈むというのは,プランクトンの増殖による炭素固定を目指している人々にとっては朗報であろう.ただ,この手の環境制御技術ってのは今までうまくいった試しがほとんど無く,大抵ろくでもない結果をもたらすのでちょっとどうなのかなあと思わないでもない.
なお,そういう「大規模に導入するとどんな結果が起きるかわからない」とか「世界規模で変な変化が起こらないとも限らない」というのは研究者側も理解しており,何年か前の生物多様性条約締約国会議で「科学的調査のための小規模実験以外では,海洋肥沃化は当面禁止」という決定が行われている.
#その当時,アメリカのいくつかのベンチャーが海洋肥沃化の大規模事業化を目指し動いていた事もこの禁止決定に繋がっている.

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