yasuokaの日記: Re: 10年以上も続いたコント番組 4
日記 by
yasuoka
一昨日の日記で、私(安岡孝一)は以下のように書いた。
ただ、『よしもと新喜劇』は、以前は『花月爆笑劇場』だったし、その前は『日曜お笑い劇場』だった覚えがあるので、番組名だけ見るなら、どのあたりで「10年以上」を満たしてるのかチェックする必要があるだろう。
そこで、『京都新聞』の縮刷版やマイクロフィルムを駆使して、テレビ番組欄の「毎日放送」をざっとチェックしてみた。チェックした結果、『よしもと新喜劇』の番組名は、以下のように変遷してきたと考えられる。
- 『寄席中継』1959年3月1日(日)~1959年11月8日(日)
- 『セフラお笑い劇場』1959年11月15日(日)~1960年9月25日(日)
- 『日曜お笑い劇場』1960年10月2日(日)~1976年3月21日(日)
- 『花月爆笑劇場』1976年4月10日(土)~1989年10月21日(土)
- 『よしもと新喜劇』1989年10月28日(土)~現在
なお、『花月爆笑劇場』はずっと土曜日の放映だったわけではなく、日曜日に変わったり、また土曜日に戻ったりと、かなりフラフラしている。また、『毎日放送十年史』(毎日放送、1961年12月)に依る限り、『日曜お笑い劇場』は、スタート当時はセフラポマードの提供で『セフラ日曜お笑い劇場』という番組名であり、翌月(1960年11月)以降に大正製薬の提供で『サモン日曜お笑い劇場』となったようだ。
ここまでを考え合わせると、Suzieの記事『10年以上続いたコント番組はあの5人組の2番組だけだった!?』(2015年11月17日)は完全にガセネタで、少なくとも『よしもと新喜劇』その他を追加する必要があるだろう。しかしながらSuzieは、記事の「裏取り」も「訂正」も、全くおこなう気が無いらしい。そこまで無責任な運営しかできないなら、さっさと消えて無くなればいいのに。
サモン日曜お笑い劇場 (スコア:2)
番組の最初に、島田洋之介今喜多代の漫才と生CM(大正製薬のサモンドリンク)をよく覚えています。
日曜笑劇場も (スコア:2)
「コテコテの大阪人」からすると、「あっちこっち丁稚」で始まった日曜笑劇場も一連というイメージがあります。
シチュエーションが毎週同じで主役や一部のレギュラーが劇団員ではない(ピン芸人や漫才師)とう事をのぞき、良くも悪くも「単なる吉本新喜劇」。
Re:日曜笑劇場も (スコア:1)
伝次郎って一世を風靡したと思ったのですが、あれ関西ローカル…
Re:日曜笑劇場も (スコア:2)
今ならユルキャラブームにのれると思いますね。