3つのソース公開方法 58
ストーリー by wakatono
適材適所 部門より
適材適所 部門より
nidak 曰く,"最近オープンソースに注目する動きがとても増えてきた。そんな中、MacWireにオープンソースを巡るMicrosoft、Apple、本家(GPL)オープンソースのアプローチの仕方を考察している記事が載っている。"
"これによると、
- GPL:とにかく無料。変更点は還元して下さい。
- Microsoft:見てもいいけど触っちゃダメ。(Shared Source)
- Apple:BSDに近いライセンスだけど、変更した内容は将来Appleがパクるかもね。
まぁ、言い分はいろいろあるだろうけど、記事の言い回しの中で「Free==無料」というのも…という感じがする。まずは「Free==自由」でなければ…と思うのだが。
ううむ、、、 (スコア:3, 参考になる)
それと、元記事にQuickTimeがオープンじゃないと言っているけど、それはcodecの話で、QTの圧縮によく利用されるSorenson VideoとQDesignのcodecはAppleの開発した物じゃないから、Appleのオープンソースのあり方を批判するのはちょっとおかしい、というか筋違いな話だよね。(それが証拠にApple Cinepak等で圧縮したQT MovieファイルはWindows Media Playerでも再生することができる。)QTの仕様内容はAppleの開発者用サイトを探せば極めてオープンに近い状態で公開されているので、互換プレーヤーを作り出すことは難しいことではないともよく言われていることだし(でもやはりcodecはどうにもならない)。
There is no spoon.
有料販売なGPLなソフトも可能 (スコア:3, 参考になる)
元記事の翻訳がタコい、というのは置いておいても、GPLを読んだこともなく、勝手に誤解している輩が世間には多いのでちょこっと解説。
GPLはソフトウェアが無料でなければいけない、とは言っていない。例えば、俺がなんかのソフトを開発して、それをGPLで配布すると決めたとしよう。そのバイナリをソースとセットで100万円で売ってはいけない、という条項はGPLにはない。一切値引きせず、「無料でくれ」なんていうふてぇアホは「一昨日きやがれ」と一蹴することもまったく問題、ない。
ただ、この時に売った相手による再配布(転売)を制限しちゃいけないだけ。100万円で買った人が10秒後にどっかのサーバに置いて無償配布を始めても文句はいえない。でも、その人も無償配布する「義務」がある訳ではない。50万円の値段を要求するかもしれない。すると、「無料じゃないGPLソフト」って訳だ。
GPLが無料で云々と言っているのはいくつかの限定されたケースだけなので、一度はGPLを読むべし。freeを無条件に無料と訳すな、考えるな。
(Re:有料販売なGPLなソフトも可能) (スコア:3, 参考になる)
ご存知の方も多いと思いますが、日本語によるGNU情報サービスがあります。ちょっと古いですが日本語リソースなので是非。
パクる (スコア:3, すばらしい洞察)
パクる (互いにパクりあう)、ということは、Apple/BSD よりもむしろ GPL の本質のような気がするんだが。
つまり、みんなはおれの書いたコードをパクってもいいから、そのかわり、パクった場合はそのパクったコードに基く作品をおれを含むみんながパクれるようにしなきゃならない、ってこと。BSD ライセンスは、おまえはおれのコードをパクっていいし、そのパクったコードを公開しなきゃならない義務はぜんぜんないよ、ってこと。
自由ということで言うなら、BSD のほうが自由で、GPL のほうが、派生物を配布する際には GPL を継承しなきゃならないところが不自由。しかし、GPL には、互いにパクりあえる世界がきたらいいなあ、という理想が込められている。
パクる準備はできてない (スコア:3, 興味深い)
こういう問題が出るとたいていライセンスの字面だけ追っかける議論が多くなるんですが、その議論だと問題を全部とらえ切れません。オープンソースを用いる本来の目的はソースコードを人間が読んで理解することです。これができなければ、ソースコードの変更はできません。ソースコードの変更を最初にありきとする議論はナンセンスであることを最初に注意しておきます。
ソースコードを人間が読んで理解するためのもっとも有効な手段は、documentationです。私自身もライセンスをいくつか読んでいますが、documentationの扱い、ないしはdocumentationを奨励するものには全くお目にかかったことがありません...唯一の例外を除いて。その例外とは、SunのSolaris 8 Foundation Sourceにおけるライセンスです。これにはdocumentationの最高峰である、学術的な研究成果としての論文の扱いがありました。これについて言及しているライセンスはほかでは見たことがありません。
そんなわけで、オープンソースなプログラムが一体何をしようとしているか勉強しようとしても、一体どんな問題を解こうとしているのか、それにはどんな道具が使えるのか、どんな制約を満たさなければならないかがわからないので、全然勉強にならないことが多いのが実情です。パクる段階まで全く到達できません。Unixのカーネル(主にSVR4、BSD、およびそれらのvariant)が唯一の例外かなぁ...実際、Solarisのカーネルなんてbuild environmentがないと作れないけど、それで困ることは全然ありませんでしたね。
GPLがその本質をパクることにおくなら、もっとキチンとしたdocumentationを奨励する必要があります。Linux vmのdocumentationは読んだことがあるけど、最初の1段落でIA-32の解説しかしていないことに落胆して捨てました。これじゃMicrosoftのdocumentationと変わっとらんぞ。
3つの自由 (スコア:3, おもしろおかしい)
GPL:
公共の場を維持するためだ! ある程度は犠牲になってもらおう.全てはコミュニティーのため……
Microsoft:
あ,見たね? じゃあ,これとこれとこれを守ってね.あ,あと,これもしちゃだめよ.じゃ無いと訴えたる!
Apple:
俺のものは俺のもの.お前のものも俺のもの.お~れはジャイアン~ガキ大将~
#どうも失礼しました.
噛み砕くと (スコア:2)
にしても、「FreeSoftware = 無料ソフト」と解釈しているあたり、執筆者は結構ドキュソな気がする...
Re:有料販売なGPLなソフトも可能 (スコア:2, すばらしい洞察)
>一切値引きせず、「無料でくれ」なんていうふてぇアホは「一昨日きやがれ」
>と一蹴することもまったく問題、ない。
でもこれはそのソフトがスクラッチで書かれている場合の話ですよね。既存のGPLなプログラムを元にしているときは、第2項(邦訳第3項)-(b)によって、全ての第三者に無償で使用許諾する義務が生じますよね。
# というような議論をこちらのスレッドでやっていたのですが、参加者が少なくて悲しい。
>一切値引きせず、「無料でくれ」なんていうふてぇアホは「一昨日きやがれ」
>と一蹴することもまったく問題、ない。
ということを望む人が、スクラッチで書いたものをGPLにするというのはちょっと想像しがたいです。
>でも、その人も無償配布する「義務」がある訳ではない。50万円の
>値段を要求するかもしれない。
これは間違いじゃないでしょうか。第1項(邦訳第2項)により再配布をする場合には実費しか請求できないはずです。
(サポート料はとれますが)
もちろん再配布する義務はないですけど。
>GPLが無料で云々と言っているのはいくつかの限定されたケースだけなので、
むしろこれは逆で、無償に*ならない*ほうが限定されたケースだと思います。
>一度はGPLを読むべし。freeを無条件に無料と訳すな、考えるな。
このこと自体は同感です。
Re:パクる準備はできてない (スコア:2, 参考になる)
そこまで誰も言ってないし、少なくとも(OpenSource系の)ライセンスで規定するような事柄であるかどうかは、別なんじゃないかなあ?
GPLにはソースの定義が書いていますが、あれは、
「こう定義しておかないとそもそも"ソース"を公開したことに全然ならない恐れがある」
から定義してある、という感じに思える文面です。
#StandardMidiFileはソースなんだろうか?と、悩むことしばし(笑)
で、そこから先、誰が何をどうするか?は、「自由」なんじゃないですかね?
人間じゃなくてそれこそ機械翻訳だか解釈だかをさせたけりゃさせてもいいんだし。
documentは別途な著作物として執筆者がNotFreeで出す、ということも、
(OpenSourceの立場から言えば)否定されることというわけではない、という感じでは?
#これやられると、NotOpenなライセンスの書籍という形態で解説本を出すことが、出来なくなるかな(^^;
Re:パクる準備はできてない (スコア:2, 参考になる)
うーん、ではそもそもなぜソースコードを公開するんでしょうか? 非常に泥くさい目的としては「いろいろなUnix variantがあるから」というものがあります。しかし、それはわざわざライセンスとして確立するほど大きな問題ではありません。リリースノートに「変わったOSを使っているヤツが多くてうるさかったからソースを公開した」と一言書いておけば十分です。
にもかかわらず、ライセンスを作るような大げさなことをやっているのが現状です。その背景には、多くのアプリケーションやプラットフォームに共通する普遍的な問題を解決したいという、大きな目標があるはずです。それを実現するには、今までできていること、これからやらなければならないことなどがきちんとわかるようになっていないといけません。
「誰も言っていない」のではなくて、「誰も気が付いてないがそのような結論が導出できる」のが真実です。案外ライセンスを作る人ってそこまで考えが及びませんし、自分がやったことの位置づけをするのがヘタですから。大きな会社になるとほかの人にreviewしてもらって気が付く可能性はありますけど。
実費と有償の違い (スコア:2, 興味深い)
邦訳がどうなっているかは知りませんが、原文では第1項は
とあります。これを改変ソースの実費配布を義務づけている第3項 と比べてみて下さい。後者には「物理的に配布を行うコストのみ」という制約が明記されていますが、前者には「配布代と称して儲けてはいかん」とはどこにも書かれていません。Re:実費と有償の違い (スコア:2, 参考になる)
口語ではcostとfeeをほぼ同義語として使うことは確かにありますが、GPLは一応弁護士の手が入った法的な契約文書ですから、そういう曖昧さが残っているとは考えられません。Costとfeeという違う単語をわざわざ使っている以上、違う意味で使っていると考える必要があります。
GNUのWebページに (スコア:2, 参考になる)
元文は『使用許諾』『配布許諾』を誤解しやすい表記になっていますね.
このあたりが参考ですか?混乱を招くかその危険がある、避けた方が良い言葉と言い回し
>全ての第三者に無償で使用許諾する義務が生じますよね。
これは使用許諾の話.再配布とは別です.
『再配布する人』が,『受け取る人』に対して,『配布元(GPLライセンスを一番始めに科した所)』の許可無く『自由に使用させている権利』を侵害するなということではないですか?
>第1項(邦訳第2項)により再配布をする場合には実費しか請求できないはずです。
こちらも違いますね.実費しか請求できないのは,バイナリデータのみ配布して,ソースコードを別に配布しているケースです.
#ソースコード配布に支払い不能な費用を要求することで,実質的にソースコードを配布しないことを禁止するためです.
GPL(v2)については,GPL(v2)についてが参考になります.
Re:3つの自由 (スコア:2, 興味深い)
コミュニティのためというのであれば、最初の1文は「みんなソースコードをいじりたがってるんだ!」の方が正しいような。もっとも、貢献者/利用者の比を考えると、本当にみんなソースをいじりたがっているという主張はまやかしのような気もしますけど(私もそうじゃないと思いたいが、それに足りる証拠がない)。
Re:特許 (スコア:2)
サブマリン特許などという馬鹿なものもあったし、 うまく機能しているかというと疑問な点もありますが。
Re:特許 (スコア:2)
「GPL以外のライセンスで配布する」
自由がありますよ。
もちろんGPLなコードを一切含んでない場合だけど(笑)
Re:NDAとGPL (スコア:2)
プレステ2への移植に関する Richard Stallman との議論
http://www1.neweb.ne.jp/wa/yamdas/column/technique/rmsj.html
の邦訳があります。
# プレビューでAタグが反映されないのはなぜ??
Re:有料販売なGPLなソフトも可能 (スコア:1)
"自然に薬ビンの底から薬がすり落ちることがない、とは言ってない!"
と言われているようでピンと来ません。
本質は自由にあるにせよGPLはGPLを適用する以上 副次的にどの瞬間かで金銭的に無料になるのが 運命付けられているわけでしょう。
ましてGPL読んだって権利関係と技術用語が書いてあるねー ってことしか分かりません。
なんかオープンソースと呼ばれるものはGPLに頼りすぎてて本当はなにを主張したいの?って点がないがしろな気がします。Rubyみたいに"訴えんなよ"ということに絞ってるなら、GPLのような「還元してネ!」というアピールは必要ないでしょう。
一体どのくらいのGPLなオープンソースがGPLの主旨を理解したうえでそうなっているのか、疑問です。最近はしばしば"自由"の一言で済まされがちで、GPLの本質はこうだ言いたいのはこういう事なんだ、ってところをあまり聞きません。
利害の不一致は珍しくないことでは? (スコア:1)
え?そうなんですか?
ある人にとって有益(個人の利益という意味とは限らない。以下同様…)なライセンス文言が、
別の人にとっては不利益になる、ってことは
当然のように有り得ると思うのですが?
<おふとぴ>
で、ライセンスが不都合なら使わなけりゃいいじゃん、という話になるわけだ(笑)けど、
それでも使いたい人(など)は、「批判」をするわけ…かね。
</おふとぴ>
変更点は還元して下さい (スコア:1)
Re:利害の不一致は珍しくないことでは? (スコア:1)
Re:利害の不一致は珍しくないことでは? (スコア:1, 興味深い)
もし特許みたいに「GPLをベースにして作った派生ソフトは3年以内にソースを公開しなければならない」とか少し緩めればまた違ったんでしょうが。
さすがに作ってすぐソース公開の義務と複製許可の義務ができたら会社としては絶対に成り立たないと思う。まあ、そういうとサポートで食っている会社はどうだ?とか反論が来ると思うけど。
それと、GPLが完全フリー(自由)とか言ってるけど拘束条件(ソース公開の義務等)が付いてるからあれは完全な自由とはほど遠いと思うのだが、実際みんなはどう思っているんだろ。
Re:利害の不一致は珍しくないことでは? (スコア:1)
3年とかのタイムラグを許すライセンスって、
3年後に正しくそのソースが出るという未来の約束を
することが出来るものなんでしょうか?
3年後に偽のソースを出しちゃう奴とか、
3年たたないうちに倒産しちゃう会社(死んじゃう人)とか…
それを思うと、あんまり意味を成さないライセンスなんじゃないか
という気がしました。
特許のほうは、その内容自体は最初から公開されているわけで、
ただしそれを自由に使う権利だけが時間差なわけですよね。
見られた瞬間にオワリになるかどうか?という意味ならば、
ソースと特許とは比較する意味があんまりなくて、
むしろソースのお相手は企業秘密とかではないかと。
#で、それじゃ埒があかない、ということになり、結局リアルタイム公開義務なGPLのような半端でないモノしか存在意義がない、ということになるのでは…
Re:実費と有償の違い (スコア:1)
立場の違い (スコア:1)
これは『誰の』自由かを明確にしないと,誤解されるもとですよ.
『ソースコードを書いた個人』の自由なら,確かに選択肢の多いBSDの方が自由ですが,『(将来)プログラムを受け取ることになる利用者』にとっては,「ソースコードの入手/改変が保証されている」GPLの方が自由ですよね.
#あ,会社の経営者にとっては,ただ馬に乗りやすいBSDの方が旨味が大きいのかな?
特許 (スコア:1)
『特許を行使する権利の予約』を申請(特許出願のことね)してから1年半は公開されません(特許請求しない場合)が,その間は特許権を行使できません.
ついでに >完全な自由とはほど遠いと 『誰にとっての』自由なのかを考えましょう.
『プログラムを利用する人間』にとっては,これほど自由なライセンスは無いのですが……
(プログラムで商売する人じゃないよ)
自己フォロー (スコア:1)
なんでみんな勘違いしているんだろう?
Re:GNUのWebページに (スコア:1)
なるほど、改変物を直接頒布した相手以外の第三者が、どこからか入手したものを利用するのを制限することはできないが、入手する手段を用意する必要はないということでしょうか。
そうすると元記事に書いたスレッドで話題になったように次のような状況が生じますよね。
ある顧客があるメーカにNDAの元でソフトを発注するとします。メーカは既存のGPLなプログラムを元に製品を作り納入します。メーカはGPLに従わなくてはなりませんから、顧客がそのソフトを公開することを制限できません。
しかし、顧客はNDAを結ばせるぐらいですから、もちろん公開なぞしません。一方、メーカはNDAに基き顧客以外の第三者には入手手段を用意しません。もちろん、顧客以外の第三者がどこからか入手してきた場合には、使用を認めなくてはなりませんが、この仮定の元ではそれはありえません。かくして、GPLなプログラムの改変物でありながらオリジナルの作者すらアクセスすることができないプログラムが頒布されるに至る…
うーん、なんだか納得いかないな。
# 上記のスレッドでは、この場合の納入は頒布にあたらないのでは、という指摘も受けていますが、
# そちらはとりあえずおいておきます。
>こちらも違いますね.実費しか請求できないのは,バイナリデータのみ配布して,
>ソースコードを別に配布しているケースです.
こちらのほうは納得しました。
Re:実費と有償の違い (スコア:1)
>「手間賃」として上乗せが入っているのが一般的です。
これは納得しました。
# スクラッチではない場合はまだ気になる部分がありますので、それについては
# 別の方へのフォローの中で書きました。
ところで、元記事で言うところの「無料じゃないGPLソフト」というのは私の理解では、「有料なら入手できるが、無料もしくは実費のみでの入手手段が*存在しない*GPLソフト」となるのですが実際問題としてそのような例はあるのでしょうか。
いろいろと勘違いがあるような…… (スコア:1)
>ある顧客があるメーカにNDAの元でソフトを
------8<----8=------
>オリジナルの作者すらアクセスすることができないプログラムが頒布されるに至る…
ここでは,いくつか勘違いが含まれているかと……
まあ,私の考えはGPL(v2)についての解釈と似たような感じですが.
#ツッコミ大歓迎です.私も専門家でないので誤解してるかも
GPLのプログラムの派生物は,そのプログラムのライセンスをGPLにする場合において『のみ』再配布する事が出来ます.つまり,考え方が逆なんです.このケースのみ『あなた(プログラムを受け取る人/この場合メーカ)』は『私(著作権者)』の許可無く再配布していいですよ.と言うことです.
GPLを適用できないのなら,著作者に別途許可を貰いましょう.
#当然,パッチ部分とかはそれぞれの作者が著作権者になりますから,個別に必要になります.
>顧客はNDAを結ばせるぐらいですから、もちろん公開なぞしません。一方、メーカはNDAに基き顧客以外の第三者には入手手段を用意しません。
GPLでは,プログラムを渡す相手に対してソースコードを渡す義務があるということで,第三者に対して『手段を提供する義務はありません』.それは,プログラムを渡した人が確保すべきことです.この場合,第三者にプログラムを配布した人がライセンス違反になります.
ここでは,メーカは顧客にプログラムソースを渡した時点でその義務は果たされています.そこから先は顧客がプログラムを配布する時の問題ですね.
あ,あと
>オリジナルの作者すらアクセスできない
当然あり得ます.GPLはあくまで「プログラムを利用する人間の『利用する』自由を守るためのライセンス」(だと思う……)で,作者のためのライセンスではないのですから.
そこがすばらしいんですけどね.
そうではなくて (スコア:1)
うまい!そうですね.そっちのほうがよかった.
ただ,こんなネタにしたけど,実際のGPLの理念は「コミュニティのため」とは違いますね.
#理念はコピーレフトって何? で書かれています.
>貢献者/利用者の比を考えると、本当にみんなソースをいじりたがっているという主張はまやかしのような気もしますけど
いや,一般的な利用者にとっては,あくまで『保険』でしょうね.Linux使いの人が別のUnixに移っても,利用しているプログラムを捨てなくてはならない状況に追い込まれることはないですからね.ソースコードを移植すればいい.
移植するって,なにも『自分でHackする』必要は無いんですよ.技術者を雇って移植させたり,ソフトベンダーに移植を頼めば.
#そういえば,この場合の著作権者って,雇い主である自分になるのかな?
なんにしろ,プログラム利用者の自由が保証されているのは喜ばしい限りで.
Re:いろいろと勘違いがあるような…… (スコア:1)
ん?Nowakeさんの解釈に従えば、
>>ある顧客があるメーカにNDAの元でソフトを
>------8<----8=------
>>オリジナルの作者すらアクセスすることができないプログラムが頒布されるに至る…
という論理自体には勘違いはないのでは?強いていえば、この結論に対する私の
私>うーん、なんだか納得いかないな。
という感想が勘違いということになると思うのですが。
私が上の例で言いたかったのは、
>GPLを適用できないのなら,著作者に別途許可を貰いましょう.
ということではなくて、GPLに対してNawakeさんの立場をとる限り、「NDAな仕事にGPLなソースを使える」という結論になるということです。(別途許可をもらう必要はない。)
私はそれが一般的な解釈ではないと思っていたし、以前のスレッドでも利用できないという立場をとっていたので、
私>うーん、なんだか納得いかないな。
という感想を述べました。
もう少し細かく述べると、この場合、
>この場合,第三者にプログラムを配布した人がライセンス違反になります.
という(顧客以外の)第三者にプログラムを配布する人は存在しないということです。(この場合、顧客も第三者の一員ですよね。)
メーカはNDAに従い顧客以外には配布しませんし。顧客も自分のところで使うだけで誰にも配布しません。従ってNDAの下でも誰もGPL違反にはなりません。
# しつこいようですが、私はそうではないと思っていました。
>ここでは,メーカは顧客にプログラムソースを渡した時点でその義務は果たされています.
というのはそういうことですよね。
Re:いろいろと勘違いがあるような…… (スコア:1)
少し修正です。
>顧客も自分のところで使うだけで誰にも配布しません。
という仮定があるので、「NDAな仕事にGPLなソースを使える」は「NDAな仕事にGPLなソースを使える場合がある」に訂正します。
# 私はNDAが必要であるときは、いかなる場合もGPLなソースは使えないと思っていた
# ということです。
配布するもしないも受け取った人(ユーザー)の自由 (スコア:1)
ああ,すみません.そのとおりですね.
#以下自説.ツッコミ大歓迎です
私の考えでは,gimyさんが指摘しているように,「『プログラムを受け取った人』が自分専用プログラムとして利用しても,問題ない」と言うことになります.
GPLで肝心なのは,「プログラムを配布する場合,そのプログラムを受け取った人間に対しても『GPLに従って再配布する自由を与えなくてはならない』」ことです.
あくまで,プログラムを渡す人と,プログラムを受け取る人(プログラム利用者)の間の話ということです.
#ちょっと蛇足ですが,これ以外の場合は『GPLに従って配布したことにはならないので,GPLで許可した配布にはならない(=GPLで配布はできない)』のです.
この場合,メーカは顧客にしか『プログラムを配布しません』.これはメーカの自由です.GPLはあくまで『複製/配布』する時のライセンスですので,その効力は複製/配布した場合に発生します.つまり,メーカは顧客にプログラムを渡す時のみにGPLの制限が発生し,それ以外では発生しません(と思う……).
顧客もまた,受け取ったプログラムを『複製/配布』しなければ何やっても自由です.そこはGPLの適用範囲外です.そういう意味では顧客とメーカで閉じた世界を作ることができます.ただし,『複製/配布』するばあいは,GPLに従い,『複製/配布先』に対し,GPLに定められた内容を実施する必要があります.(今は亡きPowerTodayで指摘されました)
GPLの基本は,あくまで「ユーザーがプログラムを利用する自由を守るためのライセンス」ですので,そうなっても問題ないかと.(メーカーやプログラマの権利を守るためのライセンスじゃないですよ)
理念についてはコピーレフトって何? を読んでください.
NDAという言葉に引っかかっているようですが,GPLではそもそもプログラマの権利は保証されていません.ここでGPLが保証しているのは,あくまでユーザーである顧客の自由です.
ただ,ここで問題なのは,顧客側での運用ですよね.顧客である会社が従業員/関連会社にプログラムを渡した場合,従業員はGPLに従って第三者に複製/配布ができるのか?
従業員/関連会社を会社の一部とするのなら総体としての会社の意思が優先されるし,個人とするならばGPLで再配布しても会社は文句が言えない……
#やっぱり,従業員は会社の一部ですかね……
GPLと頒布 (スコア:1)
># 上記のスレッドでは、この場合の納入は頒布にあたらないのでは、という指摘も受けていますが、
GPLはもっと厳しいです.”copy and distribute”と言うことで,「複製/配布(頒布)」の時に適用されます.
つまり,納入する媒体を作る時に発生するんですよね.イメージとしては,「GPLに従って複製された納入物を納入する」と言った感じでしょうか.
Re:そうではなくて (スコア:1)
Re:配布するもしないも受け取った人(ユーザー)の自 (スコア:1)
>GPLの基本は,あくまで「ユーザーがプログラムを利用する自由を守るためのライセンス」
でもこの例の場合、納入先の顧客以外には「プログラムを*使用*する自由」はないですよね。つまり、GPLはプログラムの「使用者」に対して、単なる使用のみならず、ソースコードへのアクセスも含めたより広い利用の自由を保証するものの、世の全ての人がその「使用者」になれることを必ずしも保証するものではない、ということになるでしょうか。
言い換えれば、GPLが適用されていても、限られた者しか使用することができないプログラムが存在しうるということですよね。この場合、GPLはその「限られた使用者」の利用の自由を保証することができるだけである。
標語的に言うと「ユーザの自由は確実に保証するが、ユーザになる自由は保証できないことがある」
このあたりが私が違和感を感じる理由かなあ。
# 感覚の問題なので、そういうものだと言われればおしまいですが。
>ただ,ここで問題なのは,顧客側での運用ですよね.顧客である会社が従業員/関連会社
>にプログラムを渡した場合,従業員はGPLに従って第三者に複製/配布ができるのか?
これは私も気になります。もし従業員や関連会社へ渡すことがGPLで言うところの頒布であるならば、その際に「社外に出しちゃだめだよ」と告げれば、その時点でGPLに違反したことになります。しかし、もし仮に直接禁止しなくても、普通は機密漏曳となることを恐れて社外には出さないでしょうから、これは事実上の配布禁止となりますので、これはGPL違反にはならないのか、など。
>#やっぱり,従業員は会社の一部ですかね……
だとしても、どのくらいの規模まで一体とみなせるのかよくわかりません。大きなグループ企業の場合とか、あるいは、官公庁の場合は「国」ということで一体のものとみなせるのか。
あと別記事へのフォローになってしまいますが、
>># 上記のスレッドでは、この場合の納入は頒布にあたらないのでは、という指摘も受けていますが、
>
>GPLはもっと厳しいです.”copy and distribute”と言うことで,「複製/配布(頒布)」の時に
>適用されます.つまり,納入する媒体を作る時に発生するんですよね.
いえ、この記事を読んでもらえればわかりますが、この開発は、発注元である顧客の業務ではないのかという指摘だったのです。
# 私はこの見解には納得していませんが。
プライバシーとの絡みで (スコア:1)
まあ,配布を受けた人も(再)配布元になることができるのがGPLなんで,結局誰でも配布を受けることができる『可能性が高い』わけですが.
(下で引用されている)Brave GNU World - 第25号でApple Public Source License (APSL) を批判しているように,
「GNU Projectの理解では、 個人的利用のみのために何かを変更する権利は、 プライバシーの権利に密接に関係しています。 GPLがこれを認めるよう設計されている理由は、 そこにあります。」
と,個人利用については非公開とすることができるという解釈です.私の考えは,この考えを『身内』まで広げたものです.つまり,『身内』で使っている限り,『身内』の外に公開することを強要するのはプライバシーの権利を侵害する可能性があり,GPLはそこを侵害しないように設計されている訳です.
>>#やっぱり,従業員は会社の一部ですかね……
これは従業員の自由はどの程度許されるのか?という問題で,非常にナイーブな問題ですよね.個人的にはGPLそのものとは別の領域の話になると考えています(連携はするでしょうけど).
従業員/関連会社は会社の『意思』に従う必要があるか?
GPLに従って配布する『意思』は従業員のものなのか? 会社のものなのか?
突き詰めて考えると,いろいろ頭が痛い話ですね.
>いえ、この記事を読んでもらえればわかりますが、この開発は、発注元である顧客の業務ではないのかという指摘だったのです。
おお,了解しました.著作権がどこに帰属するかということですね.これについては契約内容次第ですね.契約内容によって,依頼主,依頼先,共有,といろいろなケースが発生します.
#具体例は知りませんが……
ギブアンドテイク (スコア:1)
そうですね.基本はギブアンドテイクです.
ただ,特許は非常に強力な権利(他社を排除できる権利)で,欲望うごめく現実世界の話なんで,運用では理念通りにいかないですけど……
GPLとAPSL (スコア:1)
#一応,誤解されないようにコメント入れておきます.
#すみませんね.johndoeさん
上のほうでも言及されていますけど,プログラムを配布しない限り,ソースコードを配る義務は生じません.
作者があるユーザーに「こんな便利な機能を実装したんだぜ!」と言われて,その機能が欲しくなったとします.一番手っ取り早いのが,そのユーザーからソースコードを入手することなんですけど,GPLは配布元にその権利を認めていません.それはあくまでも実装した人間(とプログラムの配布を受けた人間)の権利です.
「オレは」というのは,GPLではなくて,むしろAPSLですね.
Re:プライバシーとの絡みで (スコア:1)
うーん、これが可能だとするとけっこういやな感じがする…
>GPLに従って配布する『意思』は従業員のものなのか? 会社のものなのか?
一言で言うとこれに帰着されますね。私が不勉強なだけかもしれませんが、GPLに関してこの点につっこんで触れた解説等はあまり見たことがないです。
>契約内容によって,依頼主,依頼先,共有,といろいろなケースが発生します.
私は最終的に依頼主のものになる場合でも、あくまでも開発側からの譲渡によってそうなると思っていたので、専門家に本当のところを聞きたいところであります。
Re:GPLと頒布 (スコア:1)
http://www.borland.com/kylix/k1/opedfaqs.html
>If I use the Kylix Open Edition to evaluate the product, is any code I touch with it affected by the GPL?
において、
>if you have a team of five programmers working on a commercial product that will be shipping with a non-GPL license, then each programmer must have a copy of either the Kylix Desktop Developer or the Kylix Server Developer in order to work on the same project.
って書いてます。
これって、机突き合わせた内輪プログラマ同士でも
書いたものを「渡す」ときにはGPLでないと駄目だよ、
という意味だと思って、合っていますか?
古典的文章ですが、 (スコア:1, 参考になる)
「古典とは、誰でも知っているが、誰もが読んでいない文章である」と誰か有名な人が言っていました。
それからついでに、M$を擁護する人は、以下の文章も参考にして下さい。
DOSやWindozeとUNIX系統で文化が違い過ぎる (スコア:1, 興味深い)
General Public Virus (スコア:1)
/.な皆さんには釈迦に説法とは思いますが、
「ウイルス性」と言い出したのはMSではありません。
Jargonの邦訳にもGPVの項は出てたような気が。
(いま手元にないので確かめられない)
ただ、MSは、Virusという言葉の持つネガティヴな
イメージを前面に押し出し、「GPLは有害」という
のを前面に押し出したがってるワケで…
Re:古典的文章ですが、 (スコア:1, 参考になる)
というのも、これらの議論では、
それとは別に、 「GPLを使ったソフト(のソース)が入った ディスクを、誰かに送る」ことが、 商売として成り立つか、というのは、むしろ 経済的な問題です。 例えば、僕がAさんにそのソフトを送るときに、 10ドルもらったとします。 次にBさんもそのソフトが欲しいと考えたときに、 僕はBさんに「10ドルで送ってあげる」と言う わけですが、今度は、Aさんが「無料で送る」 と言う提案をしました (僕の理解では、Aさんにはその権利があります)。 Bさんは、何か他に理由がない限り、 Aさんから送ってもらうでしょう。 そうすると、このソフトを配布することは、 商売になりません。
で、ちょっと考えてもらえば分かりますが、 これらの問題はお互いに絡み合っていて、 そう簡単には解けそうにありません。 こういう難しいことを議論するときは、 他の人の議論を参考にすると、とても役に立ちます。 ということで、
GPLはもともとユーザーのためのライセンス (スコア:1)
他でも書いてますが, コピーレフトって何? を読んでください.
Re:噛み砕くと (スコア:1)
ソースを公開しているとは言えないと思っていたりする。
見本を展示しているだけやね。中身は別。
Re:NDAとGPL (スコア:1)
>http://www1.neweb.ne.jp/wa/yamdas/column/technique/rmsj.html
に出てくるPS2用のラッパは、SONYとNDAを結んだ上で一般のユーザに配布するわけですから、GPLにできないのは自明です。(GPLなソースを利用するわけではないので、する必要もない。)
一方、元記事の例で私が知りたかったのは、GPLソフトの改変物の配布を*受ける側*が、配布を*行う側*に「自分以外への配布はしない」というNDAを課すことができるかということです。
従業員の人格と個人の人格 (スコア:1)
会社の仕事をする時は従業員としての人格.会社の意思に反することは(基本的に)できない.つまり,GPLなプログラムを受け取っても,会社の意思に反して配布することはできない.
会社の仕事以外のことをする時は個人としての人格.従業員としてうけとったものは流用することはできない.すなわち,GPLなプログラムは受け取っていない事と同義.(従って,利用することも,配布することもできない)
本当に法律的に可能かわかりませんが,こう考えると
・会社のプライバシーが守れる
(従業員からプログラムが合法的に流出することはない)
・「○○友の会」のような配賦方法を防げる
(『会社の意思』の外,すなわち業務以外の用途には使用できないため)
ので,いいのですけどね.
法律的にはどうなんでしょう?有識者のコメントがほしいですね.