phasonの日記: DNAを拡張する 7
"A semi-synthetic organism with an expanded genetic alphabet"
D.A. Malyshev et al., Nature, 509, 385-388 (2014).
※専門外な上に時間が無いので,用語等の使い方はいつも以上におかしい可能性あり.
よく知られたように,DNAは4種類の核酸塩基,アデニン(A),グアニン(G),シトシン(C),チミン(T)の配列によって情報を保持している(RNAではチミンの代わりにウラシルが用いられる).核酸塩基間には水素結合による引力が働くが,分子の形状的に特定の相手と非常にペア構造を作りやすく,A-T(またはU),G-Cという特定の組を作り安定化する.しかしながら,サイズが同じぐらいでペアを作る分子であれば,別にこの4種類に限らなくても同じような構造は作れるはずであり,この4種(RNAまで含めれば5種)を生物が利用しているのは単なる「慣習」である部分が大きい.やろうと思えば,もっと様々な分子を人工DNAとして利用出来るはずである.
このような発想から,これまでに様々な人工塩基対分子が生み出されてきた.第一世代の人工塩基対では,天然の塩基対に倣い複数の水素結合によりペアを作るような分子が用いられた.次いで,実は水素結合を使わなくても芳香環のπ-πスタックでも良いことが判明し,水素結合を持たない人工塩基対(もはや「塩基」と呼ぶのは不適当ではあるが,この名称を使うことにする)が作られ,さらには大きなπ-πスタックすら不要なことが今回の著者らのグループにより明らかにされてきた.
このようにして作られた「第三の塩基対」(以下では,A-T,G-Cという天然の塩基対に対し,X-Yとして人工塩基対を表記する.X-Yとだけ表記するが,実際には様々な研究者により様々な人工塩基対が作成されている)に関しては,様々な実験が行われ,通常のDNAと同じくPCR法により複製出来る分子まで存在している.例えば天然の塩基対の並びの途中にX-Yを挿入する.
AAAAAAAAAAAAA-X-CCCCCCCCCCCC
TTTTTTTTTTTTT-Y-GGGGGGGGGGGG
ここにDNAの原料となるA,G,C,Tのパーツに加えX,Yを加えておき,天然のDNAポリメラーゼ(DNAの複製を行う酵素)を加えて処理すると,X-Yという人工塩基対を含んだDNA配列がそのまま複製されてくる.これはDNAポリメラーゼにとってはXもYも「単なる複製すべき通常の塩基対の片割れ」として認識出来ている事を意味している.
そんな複製さえ思いのままに出来る人工塩基対ではあるが,これまで生体中での増幅には成功していなかった.今回の論文が報告しているのは,生きている大腸菌の中で,人工塩基対を配列中に含む遺伝子がきちんと複製され,子孫にまで受け継がれた,というものである.
実験であるが,用いた人工塩基対はd5SICSおよびdNaMと呼ばれる分子を用いたものである.分子の構造に関しては著者らのグループのページを参照のこと.これを含む環状のDNAを作成し,プラスミドとして大腸菌内に組み込む.プラスミドというのは染色体本体とは別に保持されている遺伝子であり,大腸菌などはこれを複製して他の個体とやり取りすることにより,薬剤耐性などを急速に同種中に広めることが可能となっている.
さて,生体中で人工塩基対を複製しようとしたときに問題となるのが,原料の供給だ.何せ元々の細胞中には存在しない分子を用いているのだから,複製のための原料が無い.そこで原料は人工塩基の三リン酸化物の形で外部から供給することとして,大腸菌が育つ溶液中に混ぜておく.ただしそのままでは大腸菌内には取り込まれないので,大腸菌はNTTs(注:輸送タンパクであるNTTの仲間にはいろいろ種類があり,複数形的な意味でsが就いている)という「核酸塩基の三リン酸化物を輸送する膜タンパク」を発現するように改変しておく.これにより,溶液中に存在するXおよびYの三リン酸化物が細胞内に輸送され,人工DNAの複製のための原料として働くのだ.また,これら三リン酸化物は細胞内ではホスファターゼ(リン酸エステルの加水分解酵素)によって分解されやすく,そのままでは人工DNAの複製のための原料として有効活用されにくい.このような加水分解による核酸塩基三リン酸化物の不安定性は他の系でも知られており,その既知の回避策に倣い培養溶液中にリン酸カリウムを加えている.なお,NTTsの発現は毒性があるため,人工塩基対X-Yの複製のためにこのNTTsを組み込んだ大腸菌はその増殖速度がやや低下する(自分の作るタンパク質による毒性のため,成長が悪くなる).
この状態(X-Yの原料を培養溶液に入れ,それらを取り込みやすくした大腸菌に人工塩基対を含むプラスミドを導入した状態)で大腸菌を培養すると,その数を2×107倍へと順調に増やした.これはおよそ24回の細胞分裂(各回で個体数が二倍になる)に相当する.こうして得られた集団を取りだし洗浄・破砕し,染色体やらプラスミドやらをバラバラにしてその中に含まれるX-Yの数を測定したところ,プラスミド1つあたりおよそ1つのX-Yペアが存在することが明らかとなった.個体数が大きく増大しつつも,個体数に対する人工塩基対X-Yの比率が一定であったという事は,細胞分裂のたびにX-YがきちんとX-Yとして複製され,子孫にまで伝わったことを意味している.
対照実験として,X-Yの人工塩基対を持たせたがこれらの複製に必要なNTTsを持たない株や,そもそもX-Yを持たない天然の個体で同じ実験(培養溶液中にはX-Yの原料を含む)を行ったが,その場合には破砕してDNAを取り出したものからX-Yは検出されなかった.
細胞分裂のたびに,X-Yのペアがどの程度変異無くそのまま複製されたのかを計算すると,1回の分裂あたり99.4%の確率で正しく複製されていると見積もられた.これは天然のDNAを複製する際のエラー率と同等であり,X-Yという人工塩基対が,生体中でも天然の塩基対と同等の確かさで複製され受け継がれていったことを示している.
なお,このX-Yという人工塩基対を持つ大腸菌を,X-Yの原料を含まない溶液中で培養する,という実験も最後に行われている.この場合,細胞分裂のたびにX-Yの部分で複製ミスが起き(何せ対応する原料が溶液中に存在しない),代わりにA-Tのペアが挿入される(もともと,こういった複製ミスは自然界でも良くある).この結果,細胞分裂のたびに個体数が増える一方でX-Yを含むプラスミドは増えず,結果として「人工塩基対を持つ個体の比率」はゼロへと急激に近づいていく.
今回の結果から何が言えるのかというと,著者らが開発した人工塩基対は,
・複製の際にDNAの損傷だと判断されない(=DNA修復機構による破壊が起きない).
・(外部から原料の供給が必要だとは言え)人工DNAが子孫にまで複製され受け継がれる.
・しかも天然物の塩基対と同程度に複製に対する安定性がある(エラーの起きる頻度が天然物並み).
という事になる.
今後さらに人工生物科学あたりが発展すると,「XやYの原料も自前で合成出来るようにした人工DNA」なんてものが出てきて,それを組み込むことで「3種類(以上)の塩基対を持ち,自立して増殖出来る(半)合成生物」なんてものも出来るかも知れない.まあ,研究者の夢以外にそういう方向ではあまり意味は無いのだが.
覚え方 (スコア:2)
アトムズ対タイガース
ジャイアンツ対カープ
でX-Yは?
#もう、アトムズを知っている先生さえも少ない。
特殊な結合ポイント (スコア:1)
いろいろできそうではある...とはいえ、タンパク質生成時にはスプライシングしたりmRNAに転写したりするし、もうちょっと壁はありそう。
でもまあ、DNA合成時の特殊ポイントとしては、それはそれで利用価値がありそう。
# 説明のA連続とかで、相手が変にくっつくのを予防するのにつかったり、とか?
M-FalconSky (暑いか寒い)
Re:特殊な結合ポイント (スコア:2)
既知ではあったようですが、天然のDNAポリメラーゼで増やせるということにまずびっくり。
#近場にあって当てはまるやつをならべている?
訂正されないことに二度びっくり(相対する"塩基”があれば通る)
m-RNAへの転写はシーケンサーがどう判断するかしだいでしょうか。
新アミノ酸への対応に使おうとすると、t-RNAの製造と、アミノ酸への対応をどうやって作りこむかが一番の問題では。
最初期の生命は3ペア以上を利用していたのかも… (スコア:1)
もしかしたら最初は多数のペアがあって、それが2ペアだけ生き残ったのかもしれませんね。
#以下妄想
#遺伝情報をコーディングするには物質のペア種がe(ネイピア数)だと最も効率よく、
#そのためどの星の生命体も遺伝物質はだいたい2ペアか3ペアの組み合わせで構成されている
#なんて、ありそう。
ドカン (スコア:1)
>輸送タンパクであるNTTの仲間
なんと...NTTはこんなところでも情報の移動に役立っているんだ...とトンチンカンな感動。
今回組み込まれたX-Yペアは、たぶんタンパク合成などといった重要な役はこなしてないと思うけど、たとえば炭素だけをシート状に合成して最後に丸めて接着するようなX-Y信号なんてのも作れるようになるんだろうか。
Re:ドカン (スコア:1)
>たとえば炭素だけをシート状に合成して最後に丸めて接着するような
そういうタンパク質を設計出来たとすると,単純に既存の塩基対にエンコードしても良い気も.
あ,天然に存在しないアミノ酸(の仲間)を組み込んだような半人工タンパク質を使う必要がある,というのなら,塩基対の拡張も意味があるかも?
#そうなると,タンパク質の組立部分から何からものすごい数の改変が必要になって,本当に人工生物って感じですね.
Re: (スコア:0)
>タンパク質の組立部分
リボソームでしょうか。
リボソームの構造は段々判ってきているみたいですが、さらにこれの
改変or人工合成となるとまたブレークスルーが要るんでしょうね。
合成する前にリボソームのシミュレーションモデルを構築するとかしないと。
自由に出来たらこれはもう、究極のマイクロマシンですね。