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yasuokaの日記: 一次史料の比定と二次史料の信頼性 1

日記 by yasuoka

一昨日の日記で示した1872年6月9日付の手紙(の写し)について、もう少し考えてみよう。この一次史料が書かれた状況を推察するためには、同時代の他の一次史料との比較が必須だ。特に近現代史においては、比較先として同じ時期の新聞や雑誌など、公刊された一次史料を用いるのが大原則だ。そうして、手紙に書かれている人たちの置かれていた状況を、逐一チェックしていくことになる。

Sholesについては、たとえば『The Milwaukee Sentinel』1872年6月26日号p.4, l.3に、以下の記事が見つかる。

An ingenious machine for rapid writing, invented by Mr. C. L. Sholes, of this city, is attracting much attention in various parts of the country. The demand for them has become so great that an establishment for their manufacture has been opened on the race.

あるいはGliddenについても、3日後の『The Milwaukee Sentinel』1872年6月29日号p.4, l.2に、以下のような記事がある。

The shop on the canal for the manufacture of the rapid writing machine, in the invention of which Mr. Carlos Glidden has been concerned, is already in operation. It is believed that the facilities will be adequate to supply the demand, which is large for this ingenious and useful article.

まあ、SholesもGliddenも、ミルウォーキーでタイプライターを作っていたのは、まず間違いないようだ。一方、James Densmoreについては、たとえば1872年9月16日申請のU. S. Patent No.137817に申請代理人として本人署名があり、ミルウォーキーにずっといたわけではないことがわかる。また、Emmett Densmoreについては、『Scientific American』1872年8月10日号表紙(p.79)記事に、以下の記述がある。

Those of our readers desiring further information should call upon or address Messrs. Roudebush, Densmore & Co., No, 4 Hanover street, New York city.

ただし、この「Densmore」がEmmett Densmoreであると分かるためには、ひと手間、必要だ。たとえば『Trow's New York City Directory』第86号(for the year ending May 1, 1873)のDensmoreのところを全部チェックして、p.294に

Densmore Emmett, 4 Hanover, h Pa.

があるのを確認し、前後には同じ住所がないことを確認しなければならない。しかも、そこまで調べても、まだ一抹の不安が残る。だって「h Pa.」なのだから、あるいはこの時、ペンシルバニア州に帰ってたかもしれないのだ。

また、『Scientific American』1872年8月10日号の表紙を飾っているタイプライターと、1872年6月9日の手紙を打ったタイプライターとの関係も、かなり難しい。『Scientific American』の方は、1872年7月23日にニューヨークで取材を受けたらしい。一方、1872年6月9日の手紙は、ミルウォーキーで書かれたことになっている。となると、同一機である可能性はほとんどない。同型機である可能性はもちろん残るが、そう断定するのは早計だろう。「ショールズ・アンド・グリデン・タイプライター」が作られるまでの歴史は、キレイな一本道ではないのだ。

でも、こういう地道な歴史研究に対し、ガセネタの二次史料をデッチあげるのは、全く造作もないことだ。たとえばGeorge Ilesの『Leading American Inventors』(Henry Holt、1912年11月) p.328のように、何の根拠も示さずに

At this stage of affairs, Soule and Glidden retired from the scene, leaving Sholes and Densmore in sole possession of the patent, and whatever harvest it might yield in time coming.

と書き殴ればいい。一次史料を調査する必要もないから、この手のガセネタは、どんどん量産できる。ガセネタが一つバレたら、別の新たなガセネタをデッチあげればいい。ただ、そうやって作り上げた「パラレルワールドの歴史」に、いったいどんな意味があるのか、私(安岡孝一)にはトンと量りかねるが。

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計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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