・状態密度
金属中の電子は,ある程度のエネルギー範囲中に無数の軌道が存在することから,実質的に連続準位(*)とみなせる電子状態となっています.
*分子などでは電子の入れる状態=軌道が離散的で,電子はとびとびのエネルギーしか取れないのに対し,金属中では次の準位までのエネルギー間隔が無視できるほど狭く,連続的になっている.詳しくはバンド理論を学ぶ必要あり.
このような金属中の電子の状態の表現のしかたとして,状態密度というものが使えます.
これはある狭いエネルギー範囲に,どれだけの状態(=電子が入れる席)があるか,というものを表した図です.例えば以下のような感じ.
金属中の電子は,あるエネルギー以下まで詰まっており,この「ここまで詰まっている」というエネルギーをフェルミエネルギーと呼ぶ(■が電子が詰まっている状態.□は電子が入れる空席はあるが,電子が入っていない状態).
上向きスピンの電子の状態数 例えばここがフェルミエネルギー
↑ ↓
| ■ |
| ■■ |
| ■ ■■■■■ | □□□
| ■■■ ■■■■■■■■■|□ □□□□□
|■■■■■■■■■■■■■■■|□□ □□□□□□□
------------------------------------------------------------->エネルギー
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| ■■■ ■■■■■■■■■|□ □□□□□
| ■ ■■■■■ | □□□
| ■■ |
| ■ |
↓
下向きスピンの電子の状態数
この金属に磁場をかけると,伝導電子のスピンの向きが磁場に対し不安定な向き(伝導電子のスピンが作る磁力が,磁場と反発する向き)なのか,その正反対の向きなのかによってエネルギーが上下するため,電子のスピンの向きによってバンドがズレてきます.
上向きスピンの電子の状態数 例えばここがフェルミエネルギー
↑ ↓
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| ■■ |
| ■ ■■■■■| □□□
| ■■■ ■■■■■■■|□□□ □□□□□
| ■■■■■■■■■■■■■|□□□□ □□□□□□□
------------------------------------------------------------->エネルギー
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| ■■■ ■■■■■■■■■■| □□□□□
| ■ ■■■■■ | □□□
| ■■ |
| ■ |
↓
下向きスピンの電子の状態数
この結果,伝導電子の↑の電子の総数と↓の電子の総数に差が出る場合があります.電子のスピンの向きは,電子を棒磁石とみなした時の向きに対応しますので,これは要するに伝導電子の作る磁力が偏る(=伝導電子全体として,特定の方向を向いた磁力が強くなる)ことを意味します.
特に↑の電子の総数と↓の電子の総数の差が非常に大きくなるようなバンド構造の場合(=もともとのフェルミ面付近に非常に大きな状態密度をもつ場合),伝導電子のスピンの偏りが生み出す磁場自体がバンドのずれを引き起こすのに十分な強さになる,「自分たちの作る磁場によるバンドのずれが,十分な磁場を作って自分たち自体を固定する」という状態になります.これがいわゆる鉄などの伝導電子による強磁性(遍歴電子による強磁性)です.
・ハーフメタル
自分自身の磁場などにより↑スピンの電子の状態密度と↓スピンの電子の状態密度がズレた場合,時としてフェルミ面付近(※実際の電流にかかわるのは,このフェルミ面付近の電子に限られる)で一方の電子のみが状態密度をもつ場合があります.こういった場合,伝導電子のうち片方のスピンの電子のみが電流として利用でき金属伝導を示し,逆向きスピンの電子にとってはフェルミ面がちょうどギャップのところにあるので絶縁体のように振る舞います.
こういう物質をハーフメタルと呼びます.
上向きスピンの電子の状態数 例えばここがフェルミエネルギー
↑ ↓
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| ■■|
| ■ ■■■■|□ □□□
| ■■■ ■■■■■■|□□ □□□□□
| ■■■■■■■■■■■■|□□□ □□□□□□□
------------------------------------------------------------->エネルギー
|■■■■■■■■■■■■■■■ | □□□□□□□
| ■■■ ■■■■■■■■ | □□□□□
| ■ ■■■■■ | □□□
| ■■ |
| ■ |
↓
下向きスピンの電子の状態数
上図の場合,↑スピンの電子にとっては「バンドの途中にフェルミ面がある=金属」であるのに対し,↓スピンの電子にとっては「フェルミ面がバンドギャップの中にある=絶縁体」となります.
つまりこの物質に電流を流すと,↑スピンの電子のみが流れることができます.
このようなハーフメタルを使うと,単に電流を流すだけで「一方のスピンだけをもった電流」を取り出すことができます.
このようなスピン偏極した電流は,例えばトンネル磁気抵抗効果(HDDの読み取りなどでも使用される,上下の層の磁化の向きにより伝導性が大きく変わる現象)であるとか,もしかしたら将来実現できるかもしれないスピントロニクス素子(電子の電荷だけではなく,そのスピンも情報処理の要素として使用する素子)への利用などが期待されており,容易にスピン偏極した電流が得られるハーフメタル素子はそういった用途への利用が期待される材料になります.
・完全補償型ハーフメタル
上記の説明にあるように,「自分自身のスピン分極によりバンドがズレ,それによってハーフメタルになる」というメカニズムのため,通常のハーフメタルは強磁性体となります.
しかし強磁性体は物質全体として大きな磁化をもつため周囲に磁場が漏れ,当然ながら近くに置かれた別の強磁性体と干渉します(両方の磁場の向きが揃おうとするので,勝手に周囲の磁化の向きが変化する可能性がある).
では,外部に磁場の漏れない反強磁性体(↓と↑が同数あり,トータルでの磁化がゼロ)というのは不可能なのでしょうか?
単純に考えると,反強磁性体ではトータルでの磁化が無いのでバンドをシフトさせる駆動力が無く,実現できなそうに思えてしまいます.
確かに,すべての場所でスピンが打ち消されている反強磁性体でハーフメタルを作るのは無理なのですが,「物質の内部で,局所的にはスピンの偏りがあるけど,物質全体ではスピンが打ち消しあって磁化が無い」という物質なら作れることが以前から理論的には提唱されています.
例えばAとB,2種類の金属の合金を用いると,異なる金属元素からは異なる軌道が違う位置にバンドを作るので,Aの原子の部分では↑の電子密度が高く,Bの原子の位置では↓の電子密度が高い.でも物質全体ではトータルの磁化はゼロ,というものを作れます.
しかもこの場合,Aの原子の軌道由来のバンドは「↑の電子の作る磁場によるシフト」を起こし,Bの原子の軌道由来のバンドは「↓の電子の作る磁場による逆向きのシフト」を起こしますので,トータルの伝導電子の↑と↓の電子の状態密度に差が出ます.
(ということは,物質全体として磁化が無いのに,ハーフメタルが作れる)
こういった物質を使うと,漏れ磁場を気にせず,スピン偏極率ほぼ100%のスピン偏極した電流(=一方の向きのスピンをもつ電子だけからなる電流)を得ることが可能になります..