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日記

phasonの日記: 地球のXeはなぜ少ない?

日記 by phason

"The origin of the terrestial noble-gas signature"
S.S. Shcheka and H. Keppler, Nature, 490, 531-534 (2012).

希ガス元素(第18族元素)を軽い方から並べるとHe,Ne,Ar,Kr,Xe,Rnとなる.これらの地球における存在比を見ると,まずHeはα崩壊によりそれなりの量生成するが,その一方で軽いためほとんどが地球上から飛び去ってしまい存在量は少ない(Neも軽めで飛びやすいので,大気中から宇宙にかなり逃げていった).Arは地中に多量に含まれる40Kのβ+崩壊や電子捕獲により生成するので,大気中に多量に存在する.RnはUなどの段階的な崩壊で生じるものの自身も不安定核種でありすぐ崩壊してしまうので,存在量はそんなに多くない.さて,今回注目すべきはKrとXeである.

隕石中には様々な元素が取り込まれており,それらが生成した太陽系初期の元素比率などを推定する役に立っている.ところがこれらの隕石中での希ガス元素の量を調べると,地球上での割合に比べXeがかなり多い(逆に言えば,地球上ではなぜかXeが非常に少ない)事が知られていた.
この理由を説明するためにいろいろなモデルが立てられ検討されてきたが,問題が多く決定打に欠けていた.例えば「氷河など,地表近くの何かがXeを吸着している」というモデルに対しては,Xeを多量に含む「何か」が一切見つかっていないという欠点がある.「地球のコアにXeが多量に溶けているのでは無いか?」というモデルもあるが,これまでの高温・高圧下での実験結果からは地球コアの模擬物質にXeが多量に溶けるという証拠は見つかっていない.「長年の太陽風の影響により,Xeはほとんどが宇宙に逃げてしまったのでは無いか?」というモデルに関しても,より軽く飛びやすい他の希ガス元素を現在見つかる程度の量を残しつつXeをここまで減らせるモデルは構築出来ていない.

今回著者らが検討したのは,下部マントルの影響である.下部マントルというのはまあ大雑把に言って地下660kmから2900kmあたりまでの領域であり,地球の質量のおよそ半分を占める.著者らによれば,地球においてこれほど大きな割合を占めているにもかかわらず,この下部マントルが現在観測される地球上での希ガス存在比にどんな影響を与えたのか?という研究は存在しなかったらしい.
さてこの下部マントル,鉱物的に言えばその多くがペロブスカイトと呼ばれる相で出来ている.これはSi原子の周囲に酸素原子6個が配位した8面体構造を基本とし,隣接する8面体同士が頂点の酸素原子を共有することで無限に繋がった構造だ.この段階で組成はSiO3になるが,電荷を補償するためにこの8面体同士の隙間にMg2+やFe2+などが埋め込まれている.著者らが注目したのは,このペロブスカイト相への希ガスの溶解である.ペロブスカイトにおいては,合成条件により酸素やSi原子などの欠損が生じやすいことが知られている.こういった欠陥に,希ガス原子が取り込まれるのでは無いか?ということだ.
実際に高温・高圧下(1600-1800 ℃,25万気圧)でペロブスカイトへの希ガスの溶融を実験したところ,Arで0.5-1 wt%程度,Krで0.1-0.3 wt%程度とかなりの溶解が確認された.その一方で,Xeでは0.03 wt%以下程度と,Krに比べ大幅に少ない量しか溶けないことも判明した.この差は原子半径の差が原因であると考えられている.つまり酸素欠損を考えると,酸素のイオン半径1.4 Åに原子半径が近いAr(1.64 Å)は代わりに結晶中に取り込まれやすいが,より大きなKr(1.7-1.8 Å)はより少ない量しか取り込まれず,遙かに大きなXe(1.96 Å)はほとんど取り込まれない,ということだ.

これを使い,著者らは地球の大気中にXeが少ないことを説明している.初期の地球は完全に融解した灼熱の液体である.この段階でほとんどの気体は宇宙に逃げていき,残っているのは溶けた岩石とそこに溶け込んだ気体だけだ.ここまでは隕石(の元になった小惑星等)と変わらない.さて,この火の玉が冷えてくると,地球内部の高温・高圧領域では安定なペロブスカイト相が結晶として析出する.この時ArやKrは内部にいくらか取り込まれるが,Xeはほとんど取り込まれない.そうして地球が冷えた後に,岩石内部に閉じ込められた各種気体が徐々に放出される(これは現在の標準的な地球大気生成モデルである)と,ArやKrはそこそこの量が放出される一方,そもそものペロブスカイト相の結晶化の際に排除された(&高温の地球から宇宙に飛び去ってしまった)Xeはほとんど放出されない.
この結果,現在の地球で観察されるような「Krより顕著にXeの存在量が少ない」という希ガス元素比が実現されたと言うのだ.一方,小惑星などの小規模な天体では,そもそもペロブスカイト相が安定となるほどの高圧は実現されない.そのため「XeよりKrの方が溶け込みやすい」というような状況は生じず,両者ともたまたま空隙中に同じように閉じ込められたものなどがそのまま残ったのだ.その結果,隕石中ではKr/Xe比は(揮発のしやすさによる差は出るが)当初の組成比に近い状態で残り,地球上ではペロブスカイト中で保持されていたKrの方が多い組成になったわけだ.

まあ岩石はペロブスカイトだけでは無いのでこれで即解決とは言えないが,興味深いモデルではある.

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コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell

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