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Linux

okkyの日記: どうやら、受け手の問題の公算が高い 4

日記 by okky

えぇええっ??! なぜ知らない…』が面白かったので、実験をしてみた。被験者の皆さん、ありがとう。

やったことは簡単。Expectというプログラミング言語があるが、これの存在を知らない人に、多分小学校の先生ならこういう手順で教えるだろう、というパターンで教えてみた。対象は不幸にして私と飯をくった数人。飯時に10分程度とはいえ講義を食らったわけだ。可哀想に。

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使った、パターンはこう。

  1. まず、彼らが良くやっている作業を自動化する方法を考えろ、と言う
  2. その際に問題になりそうなポイントが、パイプのバッファリング周りだという事を理解させる
  3. で、Expectの説明をする
  4. ここで一旦止める。で、明らかに腑に落ちない、という顔をしている人から順に、「で、最初の問題の答はわかった?」と聞いていく。
  5. 最後に、「最初の問題は Expect を使うと解けるんですよ」という答を教える

実験としては 4 まで。 5 は腑に落ちていなかった人にも腑に落ちていただくため。苦痛を与えてそれっきりじゃあんまりですから。

なお、事前に学校の算数の授業がどうだったか聞いてある。

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結果、判ったのは
「算数の授業ではひたすら問題を解かされるだけで、何がなにやら良く判らなかった」
という人は、4の段階で腑に落ちない、と言う顔をしていたし、1,2 で示した問題の答が Expect であることも判っていなかった。

「算数の授業では、最初に提示される問題や、途中で解かされる問題も、教わる内容のうち」
だと思っている人は、4の段階で正しくExpectをどう使うと1,2 で示した問題が解けるのか、理解していた。
# し、そう答えるだろうと思っていたので、判っていると思しき奴に
# 先に喋らせるわけには行かなかった。

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これで得心がいった。多少は教諭側にも問題があろうが、問題の本質は教わる側にある。
ようするに、「学校で教わっていない」と言い張っている人たちは、サリー・ブラウン(スヌーピーの飼い主である、チャーリー・ブラウンの妹)と同じなんだ。

サリーちゃんは学校で当てられたら 正しく答えられなくちゃいけない と思い込んでいる。学校は教わる場所なのではなく、答える場所。なので、彼女はいつも指されないように、指されたらどこかに答が無いか、探し続けている。彼女は、質問が
「実は、質問の形をした知識の伝授」
だと思ってはいない。だから、質問が通りすぎると、その内容も、なぜそれを問われたのかも、考えることなく、丸ごと頭から放り投げる。
# で、その状態が何度もオチになっている。

ほとんどの場合、教育において最初に出す問題は「正しく解かれることを前提にしていない」。あれは、これから教えることがいかに素晴らしいことか、それを理解してもらうために存在する。つまり 解けなかった問題解ける問題 に変わったことを確認するために、わざと「解けない問題」を提示するのだ。

この文法を理解しているのと、いないのとでは、授業で得られる知識量が桁違いだ

ある一定の数字の操作方法を教わるだけで終わるのか、そもそもそのような操作方法はなんのために存在するのかを理解するのか、では教わったことを応用出来る幅がぜんぜん違う。

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なお、この「授業の文法」は誰にも教わらないと思う。私は教わらなかった。

ただ、私は解けない問題は「過去に類似した問題はなかったか、その応用でどうにかならないか?」と考えるタイプだったので、最初の質問が「教わった内容の応用例」であることを、比較的初期の段階で見つけることができた。

さらに、引越し族の子供だったので、どこへ行っても同じパターンだと言うことはそこになにかあるのだろう、と把握しやすかった、と言うのはあると思う。

でも、Peanuts で何度もオチになるぐらいだ。世界共通で「殆どの人が判っていること」だと思うんだがなぁ。

この議論は、okky (2487)によって ログインユーザだけとして作成されたが、今となっては 新たにコメントを付けることはできません。
  • >ほとんどの場合、教育において最初に出す問題は「正しく解かれることを前提にしていない」。あれは、これから教えることがいかに素晴らしいことか、それを理解してもらうために存在する。つまり 解けなかった問題 が 解ける問題 に変わったことを確認するために、わざと「解けない問題」を提示するのだ。

     大半の教師が上記をしないし、したとしても最後に振り返ることをしない(良い先生は何度でもしてくれます)ので、前に戻るというプロセスが発生しないのが問題なのかな~と思います。
    #ちゃんとした授業をする先生に当たったとしても、授業(や問題等)に追いついていない人は戻るだけの余裕がない。
    #まだ終わってもいないプロセスの説明をされても意味を理解することは出来ない。
    #塾通いの人(すでに教わっている人)や理解の早い人(okky さんはここかな?)がばんばん答えてしまうと、全員が理解したかを考慮せず、説明をせずに次に行ってしまうことが多い(悪い先生はこのパターンが多く、良い先生は少ない)ですね。

     計算問題では先生が説明(という名目の答え合わせだけをする人が多いですが)をしているときも、まだ終わっていない人にとっては、説明されても正しく理解する前に次の問題へと発展するため、説明を理解できない&授業についていけないという悪循環になることが多いですね。
     つまり、一番の問題は、授業は(授業や理解や計算が)遅れている人は考慮していないということなのかなと。

     私が okky さんのテストで気になった点は、Except の説明をされた後に、Except がどこまで理解されたかをテストしていないので、そのテストは意味がないのではないかという点です。
     説明が理解されたかがわからないので、そもそも Except が何かがちゃんと理解できたのかどうかがわからず、間違って覚えた人もいるんじゃないかと不安になります。
     腑に落ちていないのは何が腑に落ちていなかったのか? Except の説明が腑に落ちていない場合は、問題の答えを求められてもわからないでしょう。

    #受けての問題が大きいに賛同する。同時に説明者による問題も大きいに賛同します。
    #どっちもどっち
    #双方が理解しない限り、この問題に終止符を打つ事はできないであろうことは間違いない。
    #しかし、先生が指定された範囲を終わらせるために、全員が理解する前に授業を次に進めなければならないという問題はどうしようもない(国や上司からの命令に逆らうなんて出来ません!)。

    • 私が okky さんのテストで気になった点は、Except の説明をされた後に、Except がどこまで理解されたかをテストしていないので、そのテストは意味がないのではないかという点です。

      これ自体はもっともな疑問ですが、そもそもそれはテスト可能なものなのでしょうか?

      多くのテストは、「xxx を理解した」を「xxx を利用できる」…つまり応用能力を前提として問題を与えて、問題解決できたかどうかで判断していますよね?

      『Expect がどこまで理解されたかをテストする』ためには、『相手の応用能力』を見なくてはなりませんが、その過程で最初の問題との関係を想起・考察を別途行う時間を与えたのでは意味がありません。が、テストとはそもそもそういう時間を与える可能性があるので…ようするに、この程度の簡単な実験では分離不能だと思います。

      一方で、Expect の真髄はたった4つのコマンド… fork/send/expect/close にあります。単純すぎて「応用させずに」テストをするのも不可能でしょう。

       大半の教師が上記をしないし、したとしても最後に振り返ることをしない

      最後に振り返ることは、私も殆どの場合されたことがありません(私がやったのは特別)。

      が、最初の問題からスタートしているのですから、「新しいこと」を教わるときに
      「それが最初の問題とどう関係するのか」
      を考えながら聞くなら、説明が終わったときには最初の問題とつながって得心が行くはずです。逆に、問題は問題でしか無い、としてサリーちゃんのように
      「新しいことに出会うたび、一つ前を忘れていく」
      なら、永久に得心が行く事はない。

      説明が終わった段階で「腑に落ちない」ためには、10分の話において、最初の問題を忘れかけている、必要があります。

      .

      ちなみに 5 のステップを経た後は、全員腑に落ちたようなので、Expect の内容が(その使い方の詳細はともかくとして、概念そのものは)判らなかった、と言うことはないようですよ。

      --
      fjの教祖様
      親コメント
  • by BlueJoker (27515) on 2010年01月11日 8時43分 (#1700830) 日記
    プレゼンテーションの技法の一つとかで紹介されていませんでしょうか?
    • by okky (2487) on 2010年01月11日 20時41分 (#1701010) ホームページ 日記

      似たようなモノは 八幡 紕芦史 さんの 『プレゼン バイブル [geocities.jp]』などにも書いてありますね。

      プレゼンにおいては、一番大枠としては次のように3段階に分けて話しなさい。

      • まずこれから何ついて話すのか述べて
      • その内容について述べて
      • 何について述べたのか話す

      と言う奴。英語のプレゼンテーション関連本になると、必ず書いてあるイロハ。

      .

      ただ、この話し方は聴いている側を 特定の問題に集中させる ための話法です。その場で応用を考えさせたり、自分が直面している問題と対比させたりしながら聞かせる方法じゃない。なので、大抵の Life Hack 本の「勉強会に行こう」系には、こう書いてある。

      • 漫然と聞くな
      • 自分が直面している問題をいくつか事前にピックアップして、それに使えないか考えながら聞け

      例えば 本田 直之 さんの『レバレッジ勉強法 [geocities.jp]』とか、美崎 栄一郎 さんの『「結果を出す人」はノートに何を書いているのか [geocities.jp]』とかね。

      逆に言うと、どういうプレゼンの仕方をしようが、聞き手にはっきりとした意志が無いと、サリーちゃん症候群を引き起こす聞き手は絶対発生するってことです。これはもう、先生側の問題じゃない。集団に対して教育を施す限りどうしようもない一線。どこかで、対個人用教育ツールを使わないといけなくなる。

      .

      確かにお客様に説明をしていても、最初の問題とその後の説明との間の脈絡が判っていない感じで、さらに最初の問題に巻き戻って説明してもなおも判らない、と言う人がかなりの数います。この辺りがどうしてそうなるのか判らなかったのですが、とりあえず原因は見つかったような気がする。

      が、解決策となるとなぁ…英語の教育関係の本をさがすしか無いか…。

      --
      fjの教祖様
      親コメント
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