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phasonの日記: タイムパラドクスのあれ

日記 by phason

最近ぼちぼち話題になっているタイムパラドクス回避に関する論文

"The quantum mechanics of time travel through post-selected teleportation"
S. Lloyd et al., arXiv:1007.2615v2

ちょろちょろ見ていると誤解している人やらよくわかっていない人もいるようなのでちょっと記述.

そもそもこの論文で上げられている手法は,いきなり出てきた画期的な手法,などではありません.
(そのあたりの事はIntroductionにもしっかり書かれていますが)
簡単に,論文の背景を含めて解説します.

一般相対論が完成すると,それを用いて様々な時空を計算するという仕事が始まりました.アインシュタイン方程式は,質量分布を代入してそれを解けば空間の曲率が求まるというものですが,実際には解くことが非常に困難なため,適当に対称性の高い質量分布(恒星のモデルとして球対称な質量が一つあるとか,空間に一様な物質が分布しているとか)などを入れて,それがどういう時空を生むんだろう,ということを一つ一つ計算してやる必要があったためです.そういった研究が進んでいって明らかとなったことは,一見美しく見事なアインシュタイン方程式というものが,実は病的で奇怪な解を多量に生み出すおぞましい代物でもあった,ということです.
そういう病的な時空の中でも,特に物理学者の反発を引き起こしたのがClosed Timelike Curves(CTCs:時間的閉曲線)を含むもの……つまり時間を過去に戻ることを許容する解です(最初の発見者は確かゲーデル).しかもこれが単一の特異的な解ならまだしも,研究者が増えると出てくるわ出てくるわ.実に様々な手法で時間を遡ることが可能となっています.

こういった初期に発表されていたCTCsを含む解は物理的に非現実的な前提条件(例えば,通常なら自己の重力で球形につぶれてしまうほどの非常に巨大な質量であるにもかかわらず,非常に異方的な形状をしていなければならないとか,負の重力が必要だったり,など)が必要であったためさほど問題にならなかったのですが,近年発表される解は「現実的な」解であるにもかかわらずCTCsを含むため,物理学者が正面から取り組む必要があるわけです.その中でも,特に問題になるのが因果律がどのように保持されるのか,という点,つまりタイムパラドクスをどう防ぐのか,です.

一つ仮説として提唱されているのは,一般相対論に含まれない量子効果をきっちり入れた量子重力理論(未完成)が完成すれば,こういった病的な解は自己崩壊して存在できないのではないか(=タイムマシンはそもそも正しい物理法則の下では存在できないのではないか),というものです(ホーキングの時間順序保護仮説.時間順序を破壊するような物理過程には,必ずそれを阻害するような物理法則があるはず).CTCsを含む解には非常に小さな領域(=量子論的領域)にエネルギーが詰め込まれた(=相対論的領域)ものが多く,また量子効果はしばしば病的な物理効果を揺らぎにより破壊するためある程度の説得力はあります.
しかしながら,「将来完成する未知の理論が何とかしてくれるよ」というのはあまりにもあんまりですので,現在の理論の範囲内で何とかしよう,という人も多数存在します.

そういうものの代表格が,Deutschによる多世界解釈の利用(Phys. Rev. D 44, 3197–3217 (1991))と,Novikovらによる自己一貫性の原則(Phys. Rev. D 42, 1915 (1990))です.今回の仕事は後者に属するものです.

まず,Deutschの仕事を簡単に紹介しましょう.エッセンスだけを取り出すなら非常に簡単です(論文ではもうちょっときちんと式展開をしていますが).
量子論の観測問題の解釈の一つに,多世界解釈があります.これは,量子論的に可能な二つの状態AとBの重ね合わせが,観測されたときにどちらか一方に決まる(観測問題)という過程はどのようなものか?という問いに対する答えの一つで,実は観測(これは人間によるものである必要はなく,機械による観測でも良い)が行われた瞬間に,Aになった世界と,Bになった世界の二つに分岐しちゃうだけで,両者は完全に等価だし,(分かれちゃった後は我々には自分の属する一つの世界しか観測できないけど)よそに別の可能性だった世界,というものが展開していっているんだよ,というものです.

注:これ自体は,既存の理論とは無矛盾であり,観測問題をある程度説明できますが,結局「世界が分岐するってどういう事なの?」とか「分岐するしないを分ける,観測なのかそうじゃないのかの区分けは何?」とか,「ということは世界は可能な量子状態の数だけ無数に存在してないといけないわけ?」とかまあ,結局問題を先送りしただけだったりする面も多い上に実験的に検証のしようがない(検証できると主張して実験をセッティングしているものの,古典的なコペンハーゲン解釈でも結局は同じ結果になるため意味がない)ことから,あまり物理学者に人気はありません.作家にはそれなりに人気だったりするけど.

その多世界解釈を踏まえてDeutschが主張したのが,「タイムパラドクスとか言うけど,タイムマシンで何かが過去に戻った瞬間に,異なる世界が分岐したと考えれば良いんじゃねぇの?」というものです.つまり,その後に生じる世界は元の歴史の流れと関係ない(よく似た)別の世界なわけで,そこで何が起ころうとパラドクスも何もない,という立場です.

一方のNovikovの解釈ですが,こちらは「最終的に,無矛盾なもののみが残ってくる」というものです.要は,タイムトラベルによって過去に影響を与えた結果が元の歴史になる,そういう世界線のみが生き残るのではないか,というものです.これに量子力学の経路積分の考え方を取り入れるとより強固なものができあがりまして,例えばPolitzerによる例(Phys. Rev. D, 46, 4470-4476 (1992))が上げられます.今回の研究もこちらの系譜に連なるものですね.

実はアイディアそのものは,経路積分という考え方を知った人間がタイムパラドクスについて考えた場合には容易に到達できるものです.
(実際私も昔考えついて,その後もっと以前に研究例があると知って「まあそんなもんだよな」と思いましたし.実際にはそこからの系の設定と計算が面倒なわけです)
まず,ファインマンが開発した経路積分というものを紹介しましょう.量子論における二重スリットの実験はよくご存じかと思います.二つのスリットを持つ板に素粒子を通すと,あたかも両方の経路を同時に通過して,二つの経路を通った粒子同士が干渉しているかのようなパターンを描く,というあれです.
では,もう一歩思考を進めましょう.なぜ経路は二つじゃないといけないんでしょう?例えば,右のスリットを通過した後,何を思ったか空中で反転して左のスリットを通り,また改めて右のスリットを通過してくる経路とか,スリットの遙か彼方,何メートルも離れた空間を通ることでスリットを回避して来る経路,そういうものだって量子論的には許されるはずです(実際,確率は低いものの許されます).それを馬鹿正直に評価するのが経路積分の手法です.粒子の取り得る全ての経路に関し,それぞれに重みをつけて足し合わせ(詳しくは適当な本を参照してください.エネルギーが高すぎるとかの非現実的な経路は自動的に重みが低くなります),最終的に得られた結果が粒子の運動となる,というものです.
実はこの足し算において,粒子の経路同士は(位相成分があるため)干渉し合います.例えば古典的なボールを相手に投げる場合を考えると,古典的な経路である放物線付近では位相が極値をとっており多少異なる隣接する経路を足し合わせても強め合う(位相がほぼ同じ関数を足し上げるので,関数が強め合う)のに対し,非古典的な経路(例えば数キロ上空にまで飛んでいって戻ってくる経路とか)ではボールの質量が非常に大きいため位相の位置による変化が著しく,隣接する経路で位相項部分が激しく振動するため互いに打ち消しあってしまいます.
(例えば,Sin(x+y)exp(i*x^2*M)という位置x,yと質量Mに依存する関数があったとき,Mが非常に大きいとxがちょっと違う(=少し違う経路を通る)だけで関数が激しく振動するため,和をとるとほとんどゼロになってしまうが,x=0の付近でだけは互いに強めあう,とかそういう感じ.実際には経路積分では関数=経路そのものを変化させて足し上げるのですが)

これをタイムマシン(タイムトンネル)のある系に適用します.
粒子(実際には物体だろうが人だろうが何でも良い)が過去に戻り,そこで相互作用しながら現在に戻ってきます.この時の,世界全体の波動関数の発展を追ってみます.
経路積分の時と同様,様々な場合が考えられます.ある場合には,過去に戻って何かを引き起こしたせいで現在が全く違うものに変化してしまうことでしょう.この場合,ぐるっと一週してきた波動関数は重なりが小さく,寄与は小さくなります.
一方,過去に戻った後の行動がうまいことなって,自己無撞着な解があったとしましょう.つまりこれは,何かが過去に戻ったおかげで同じ現在が作られる場合に相当します.この場合は,波動関数はぐるっと回ることで自分自身を補強する形となり,安定な解を形作ることでしょう.

さて,ここで,この場での説明のために,ぐるっと一周して自己無撞着な解は非常に強め合い,矛盾を含む(つまり過去に戻ることで同じ現在には戻って来れない,パラドクスを含む)場合はほとんど打ち消される,というような状況であったとしましょう.その条件下で親殺しのパラドクスを考えてみます.
過去に戻って親を殺せてしまうという経路は,矛盾を含むため波動関数が打ち消し合い実現しないことでしょう.一方,ありがたいことに,量子論においては,いかなる事象もある程度の確率で発生可能です.例えば,過去に戻って親殺しをしようと思っても,
・そもそもタイムマシンが量子ゆらぎの効果で偶然作動しない
・量子ゆらぎの効果で別の時間に出る
・親を撃ち殺そうとしたら,量子ゆらぎの効果で弾丸が消滅した
・親を撃ち殺したけど,量子ゆらぎの効果で撃ち殺す前の親へと再生された etc.
というような可能性が,極々々々々(略)々々わずかながら可能性として存在します.
もし,ここで,こういった「通常なら無視できるほど確率の低い事象」以外の全ての可能性がCTCsによって矛盾を引き起こすのなら,そういった「経路」(世界全体の辿る経路)は弱めあってしまい,結果として上記のような「普通なら確率が低くて起こらないと考えられる,けれどもCTCsがあっても無矛盾な経路」のみが生き残ってきて実現することとなります.
つまり,世界全体が「可能な全ての経路」に染みだし,その中で「可能性の高い無矛盾な経路」以外の確率が非常に低くなる(経路積分と同じ)事で,タイムパラドクスは回避できるわけです.
(ただし,その過程で普段なら非常に起こりにくい事象が生じる場合もある.無矛盾な中で,確率の高いもののみが起こると言える)

ただし,CTCsを含む系で経路積分を実行すると,正常な確率が算出できない(不合理な値になる)などの問題点も知られています.そのため,そういった時間的なループを含む系での経路積分はどのようにするべきなのか,そもそも無矛盾な系が残ってくるのは一般的なのか?(通常,今回のものも含め,論文ではある簡略化した系を仮定し,そこでの影響を計算します.そのため,一般的にそういえるのかどうか,は謎なことが多々あります),と言う点は不明です.

まあ,ホーキングの時間順序保護仮説が正しかった場合など,「そもそも現実の世界ではCTCsが実現できない」(だからそういう系での経路積分などが不合理でもどうでもいい)という可能性もありますが.

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未知のハックに一心不乱に取り組んだ結果、私は自然の法則を変えてしまった -- あるハッカー

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