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phasonの日記: 水流を電流に変換するグラフェン

日記 by phason

"Harvesting Energy from Water Flow over Graphene"
P. Dhiman et al., Nano. Lett., in press (2011).

水やその他の極性溶媒の流れの中に,微小な細長い導電性の物体を流れと同じ向き(長軸方向が水流と平行)に入れると,その両端に電位差が生じることが10年ほど前に発見されているらしい.その起源に関しては色々議論がありまだ決着していないようだが,どちらにせよ,例えばナノチューブを用いた場合に生じる電位差が数mV程度であるなど,出てくるエネルギーが微弱であるためその電力としての利用は難しい状況だった.
今回著者らは,水中に置く物体として単層から数層程度のグラフェンを用い,これまでのものの数十倍のエネルギーを生み出すことに成功し報告している.

サンプルは,まず銅箔の上で有機物を熱分解することで1-数層のグラフェンを作り,それをSiO2/Siの基板上に転写している.そこに電極を蒸着し,長さ(流れに平行方向)30μm,幅(流れに垂直方向)16μm程度の領域を作る.これをHCl水溶液の流れに浸し,5kΩ(このぐらいの時に一番発生するエネルギーが大きい事を確認している)の負荷抵抗を接続し両端に発する電位差を測定している.また,比較用のサンプルとして多層カーボンナノチューブのシート(ナノチューブの長軸方向が流れと平行で,多数のナノチューブが集まったシート)を使用する.

まず,水流の速度を変えながら測定すると,0.5-1cm/s程度の流速までは発生する電圧が直線的に増加するが,その後1-1.5cm/s程度の流速で飽和する傾向が確認された.HClの濃度に関しても,濃度が高ければ起電力は上がるが,0.6mol/Lを超えたあたりで飽和する.流速・濃度共に飽和した最も起電力の大きな条件でグラフェンに発生していた電圧はおよそ30mVであり,出力電力は100nW(負荷抵抗5kΩ)を超える.これはサンプルのサイズを考えればかなり大きな値であり,200W/m2程度にもなる.著者らは同じくNano. Lett.で最近出た塩分濃度差で発電する系と比べ3桁もエネルギー密度が高い,と主張している(そんなもんと比べるのが良いかどうかは置いておこう).なお,同条件でのナノチューブシートの起電力はこの数十分の一の数mVであり,グラフェンの発電効率の高さがわかる.

著者らはこれ以外にもMD計算などと絡めて,電位差の発生するメカニズムは
1. グラフェン表面にCl-イオンが吸着する
2. 水流に叩かれ,これらのイオンが下流方向にホッピングする
3. それに伴い,静電的にくっついていたキャリアも移動する
というのが電位差発生の起源と考えられる,と述べている.MD計算からは,対イオンのH3O+はグラフェンにほとんど吸着しないことが示唆されており,これも大きな起電力の発生に効いているようだ.例えば食塩水だと対イオンはNa+になるが,この場合はグラフェン表面にある程度吸着し,Cl-と同じように水流で移動し,しかし電荷が反対であるため生じる電位差は逆向き=Cl-によって生じる電位差を一部キャンセルしてしまうわけだ.
#吸着の強さなどが異なるので,完全にキャンセルするわけではないけれども.

また,著者らは,ナノチューブシートに比べて劇的に起電力が大きい理由として,
・ナノチューブシートは電極との接合がグラフェンほどきれいではない
・多数のナノチューブがあるため,イオンの移動経路が複雑になる
などと言ったことが効いているかも知れない,と述べている.まあ,多数のナノチューブの塊を使ってしまうと,内部までイオンが浸透しにくいなどがあるので,これ自体はあり得る話である.

まあまさかこんなもので発電所を作ろうという人間は居ないだろうが,例えば体内埋め込み式のマイクロセンサーの電源として血流を使うとか,配管内のセンサーの電源に使うとか,その程度なら駆動できるだけの電力は発生している.流速がかなり遅くても(1cm/s)これだけのエネルギーを生み出せるのは意外に使い道があるかも知れない.

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「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常

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