パスワードを忘れた? アカウント作成
349694 journal

phasonの日記: 気候変動は穀物生産に何をもたらすのか? 2

日記 by phason

"Climate Trends and Global Crop Production Scince 1980"
D.B. Lobell, W. Schlenker, J. Costa-Roberts, Science, 333, 616-620 (2011).

人為的起源の温暖化の存在そのものに関してはコンセンサスがとれてきたが,その定量的な程度に関してはまだまだ議論があり,さらにそれがもたらす経済的(と言うか食料的というか)な損害となってくるとその見積もりは人によりかなりの幅がある.まだまだ研究は緒に就いたばかりである.
見積もりを難しくしている要因には色々あるのだが,例えば

1. 実測データの不足
2. 計算量による気候モデルの荒さ
3. モデルの正確さの不足

などがある.1に関してはデータがだいぶ積み上げられてきており,また2に関しても近年の計算機の進歩と投じられる研究費の増加により改善が見られ,その結果として3も改善されつつある.しかしながら,現象とその影響を受ける物事が非常に多岐にわたることから,データの収集と解析はまだまだ不十分となっている.

さてそんな不十分なデータの一つに,気候変動下における穀物生産量の変動がある.穀物生産は人間が生きる上で最も重要なものの一つ---これと水があれば大抵どうにかなる---である.にもかかわらず,例えば今後数十年のあいだに平均気温が+0.5から3 ℃程度変動すると予想されているが,その際にどの程度穀物生産に影響が出るか,と言う点に関しては実は良くわかっていない(何もわかっていないわけではなく,様々な主張があるが,まだ統一見解とまでは言えない).

そこで今回著者らは,1980年から現在までの穀物生産量の実測値と,これまでの気候条件を元に,その気候条件がどの程度穀物生産に影響を与えていたのか,と言うデータの抽出を試みている.
穀物生産量そのものに関しては国別のトータルな数字を用い,各国での耕地の分布,それぞれの位置での気温や降雨量に関してはメッシュ状のデータを用いている.また,穀物生産には技術の進歩が非常に大きな貢献をしている.そのため,気候による影響を抜き出すためには,このような技術の進歩による生産量の拡大の効果を除かねばならない.著者らはそこで収穫量の短期的な変動(これは主に気候要因に依存する)に注目し,長期的なトレンド(こちらは技術革新などで徐々に収穫量を増やす効果を持つ)による影響を出来るだけ排除しようとしている.

さて,その解析結果である.解析は,世界の主要4穀物である小麦,米,大豆,トウモロコシを対象としている.これら4つだけで,人類が直接および間接的(つまり飼料としての利用)に摂取するカロリーの75%以上を占めているらしい.以下にここ30年ほどのあいだでの気候変動による穀物生産性の変動に関して述べるが,これは前述の通り技術革新などによる効果を除いたものである.つまり,ここで「気候変動により-10%」と書かれていても,技術でそれを補うことで実際には増産している事もあり得る.つまり,同じ技術で作っていたらこのぐらい生産量が変化していたよ,と言うことを示す.また,分析自体は気温変動と降水量の変動に対して行われているが,結果としてごく一部地域の大豆以外は降水量変化による影響をほとんど受けていない.これは,世界のほとんどの場所でここ30年では降水量の変動が小さい事に由来している.例外的に広い範囲で減少しているのは,中国東北部やインド北部と言ったあまり耕作の行われていない地域と,フランス(元々それなりに降るので少し減っても何とかやっていける),ロシア南西部とその周辺国(この地域ではかなり影響が出ている)である.

では,研究結果を順に見ていこう.
まずはトウモロコシである.中国,ブラジル,ロシアのあたりで影響が大きく,気候変動により5-7%ほど生産性が落ちていると推定される.全世界ではおよそ3%強程度の減少である.なお,世界最大の生産国であるアメリカではほぼ影響はゼロであったと見積もられている.
次いで小麦であるが,こいつはかなり脆弱である(元々かなり気候変動に弱い事が知られている).特にロシアでは15%近い生産量の低下が推定されている.またインド,フランスなどでも5%前後の低下が見られ,世界全体でも5%程度減少していると見られる.
大豆もそこそこ影響を受けている.特にパラグアイ,ブラジルと言った国では5-7%ほどの減少が見られる.その一方アルゼンチンでは+2%程度になっていたりと良くわからない面もある.全世界では-1%前後と,それほど大きな変動はない.ただし大豆に関しては他の作物に比べエラーバーが非常に大きく,気候による影響とは言い切れない模様.
最後に米であるが……米超強い.何というか,世界のほぼ全ての地域で変動がほぼゼロ.インドでやや減少傾向はあるものの,その他の地域では気温上昇をものともしない.むしろ微増となる地域も結構ある.

もうちょっと細かく見ると,トウモロコシ,小麦あたりは最高気温が上がることがかなりマイナスに働き,収穫量を減少させる.一方,大豆は,最高気温の上昇でマイナスになるのだが,それとほぼ同程度,最低気温が上昇することによるプラスが働き,トータルではあまり変動無しになるようだ.米も大豆と似た状況ではあるが,やや最高気温の上昇によるダメージが少なく,それが結局トータルでの微増に繋がるらしい.
また二酸化炭素の増加そのものによる影響(光合成が活発になり,収量が増える)も検討され,トウモロコシ以外では3%ほど収量を増加させている計算になる.トウモロコシに関しては光合成の経路が違う(トウモロコシはC4型光合成,他の3種はC3型)事を反映し,二酸化炭素濃度による影響はほとんど無い.このため,見た目の収量ではトウモロコシの方が減少幅は大きくなる.

と言うわけで,今後の影響を考える上では,小麦の脆弱性が最大の問題かも知れない.トウモロコシもかなりヤバイが,まあ最大生産国のアメリカであまり影響が出ないのでその点は大丈夫か.ただしオガララ帯水層が枯渇したら死.
つまり21世紀の人類は米を食え(そんなことは書いてないけど).いや,米ってなかなかスゲェな.まあそのかわり育てるのにやたらと労力を必要とするけど.

ただ,今回の研究で重みが高くなる高生産地域は非常に高度な灌漑システムを持っており,降水量の変動があまり影響を与えていないという結果はこの灌漑システムの影響である可能性もある.つまり,1-2年程度の短期的な降水量の減少ならダムを含めた灌漑システムが吸収してしまい,その影響が隠蔽されているという可能性だ.そのため長期的な降雨量の変動があった場合には,ここで推定されているよりも大きな影響が出る可能性がある.
(まあ,中国・インドあたりだと,地下水の枯渇や干害による塩害などの方が今後大きな問題として出てくる可能性が高いが)

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  •  温室効果ガス排出による影響というと、一般のニュースではよく海水面の上昇について取り上げられることが多いですが、それ自体が人類に大きなインパクトがあるかというと(もちろん水害の規模が大きくなったり、放棄しなければならない居住地が出たりといった影響はあるにせよ)おそらくないだろうな、と個人的には思っています。
     直近(今後数十年)で恐ろしいのは、やはり耕作への影響、特に耕作可能な地域の変動です。穀物の価格が上がれば政情不安に陥る国がいくつも出てくるでしょうし、いろいろとキナ臭い話になります。日本もそうした国から油を買っている以上、無関係というわけにもいきませんし。

     ということで興味深く拝読したのですが、アメリカでの影響は思ったほど出ないというのは予想外でした。いまのところ灌漑用水が確保できている点が条件として働いているということなのでしょうが、やや楽観視できる材料ではあります。

     悲観的な材料としては中国とインドですかね。アメリカも地下水の使い過ぎについてはずいぶん以前から言われていますが、中国とインドについては養うべき人口が多いうえに増加傾向、さらに多民族・多文化ということで、収穫が落ちるといろいろと火種が生まれそうな予感。

     こういった問題は政治や経済も絡んでくるので、サイエンスだけではどうにも予想しきれないところもモドカシイところです。昨年あたりから穀物価格がやばいことになっているのも、日本国内にいるとあまり実感がわきませんね。

    • >アメリカでの影響は思ったほど出ないというのは予想外でした。

      なんだかんだ言ってあそこは金を持っていますので,かなり高度な灌漑システム(と,それを含めた全国的な利水システム)を作り上げているところが大きい気はします.枯渇が叫ばれているオガララ帯水層も資金力を活かして点滴灌漑などの効率的な利水に移行しつつあるようですので,うまいこと乗り切れるかもしれません.
      (乗り切れないと世界中の飼料用穀物が無くなるのが恐ろしいところではありますが)

      その点中国とインドはそういった水インフラが弱く,浅い帯水層の過剰利用に依存しているため,すでに水の枯渇および塩害が発生していて危険な状況ですね.かなり切迫しているかもしれません.
      そのため,両国とも近隣諸国との水の奪い合いが激化しており,紛争の危険性はかなり高そうです.水をめぐっての中国・インドの対立もありますし,かなりきな臭いですね.
      #中国がチベットを手放したくないのも,地下資源というよりも水源の確保,という話もあるぐらいですし.

      >日本国内にいるとあまり実感がわきませんね。

      まあなんだかんだ言って金があるうちは安心なんですよね.うちらが「パンがちょっと値上げした」とか文句言ってる間に,エジプトだのインドだのでは食糧不足で暴動が起こってしまうように.
      昔は「金があっても食料が買えない時代が来るかも」とか言われていましたが,現実を見ると貧乏な国は国民を餓えさせてでも穀物を輸出し,金がある国は変わらず買えるという考えてみれば凄まじい状況になってます.いやはや,予想外.

      親コメント
typodupeerror

目玉の数さえ十分あれば、どんなバグも深刻ではない -- Eric Raymond

読み込み中...