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phasonの日記: 水素を食べて今日も元気 2

日記 by phason

"Hydrogen is an energy source for hydrothermal vent symbioses"
J.M. Petersen et al., Nature, 476, 176-180 (2011).

通常我々の身近な生態系は太陽光を一次エネルギーとし,それを利用して固定された炭素を代謝してエネルギーを得ている.しかし生物には他にも様々なものを栄養として生活するものがあり,Fe2+,Mn2+,硫黄や硫化水素,水素,メタン,NO2 -,アンモニアと言った様々な化学種を酸化することでエネルギーを得て,それを使って環境中の二酸化炭素から炭素を固定する各種の細菌群(化学合成独立栄養細菌)が存在する.

さて,そのような化学合成独立栄養細菌の宝庫と言えば,言わずと知れた深海の熱水噴出口である.ここではメタンや水素,硫化水素を多量に含む熱水があふれており,そこから化学エネルギーを引き出し利用する細菌が膨大な数存在する.しかしながら,これらの細菌が利用しているのはメタンと硫化水素であり,同じく多量に含まれる水素を使っている生物は見つかっていなかった.しかし多くの熱水噴出口周辺では水素濃度が高く,そのエネルギー密度も硫化水素やメタンより高いことが多い.そのような有用なエネルギー源を利用していないとは考えにくく,研究が進められていた.

今回著者らは,これまでに発見されていた細菌類をもう一度よく調べ,実はそれらが水素を酸化することでもエネルギーを得ている(らしい)事を突き止めた.
著者らはまず,細菌を水素を溶け込ませた海水に入れると,溶液中の水素が急速に消費されることを発見した.対照群となる細菌を含まない系等ではこういった消費は見られなかったため,これは細菌が水素を何かに利用していることを示唆している.
そこで今度は,栄養源となり得る硫化水素,水素,それらを含まない系の3つを用意し,それぞれに対し14CO2を導入し,しばらく細菌の代謝を起こさせた後に細菌中の14Cの量を同定した.すると,水素も硫化水素も含まない系では14Cの量はあまり増えていなかったのに対し,水素を入れた系,硫化水素を入れた系のいずれも同じ程度14Cが検出された.これは,この細菌が水素や硫化水素をエネルギー源として,溶液中のCO2を固定化して取り込んでいる事を意味する.硫化水素の代わりに水素を入れた場合でも同程度炭素が固定化されたと言うことは,この細菌が硫化水素のみならず,水素をエネルギー源と利用できることがわかる.

また,この水素酸化に関わる遺伝子を突き止め,その遺伝子が古細菌だけではなく,同じ熱水噴出口にいるチューブワームやエビ類などに広く存在していることを明らかにしている.それらの種で実際に水素が利用されているのかどうかの実験はまだ行われていないが,著者らは細菌に限らず様々な(より高度な)生物においても,水素のエネルギー源としての利用の可能性を指摘している.

単に細菌で水素が使われているだけならまあそんなもんかという感じではありますが,幅広い生物群でとなると結構面白いかもしれません.
しかしここ数年は,様々な面白い代謝系が明らかになったりだの,NASAのヒ素食って生きる話だの,同じくNASAが最近ProNASに出した隕石からアデニンだのを見つけた話だの,結構面白い話が続きます.

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  • by TarZ (28055) on 2011年08月16日 12時56分 (#2003673) 日記

    単に細菌で水素が使われているだけならまあそんなもんかという感じではありますが,幅広い生物群でとなると結構面白いかもしれません.

     共生する細菌がということでなく、チューブワームやエビのような動物自身がそうした能力を持つということなら、確かに面白いですね。おそらくエビの祖先にそんな能力はないでしょうから、熱水噴出口付近で長いこと世代を経るうちに獲得したのだと思われますが、エネルギーを得る代謝のような生命活動の根源ともいえる機構が、後からホイホイ獲得できるというのはにわかには信じがたいことではあります。

     水素を利用する遺伝子が古細菌と共通(?)なのだとすると、「古細菌とエビに共通に感染できるレトロウィルスがいて、種族間で遺伝子が交換されているのかも! わくわく」という刺激的な想像もできる一方、つまらない解釈として「実は、試料が古細菌のDNAで汚染されていたんじゃないの?」あたりも出てきそうですが。

    • >試料が古細菌のDNAで汚染されていたんじゃないの?

      一応,著者が引いてる元論文の方では,深海の各種生物での当該遺伝子の類似性から系統樹っぽいものを書いたりしてる(=種ごとに違いがある)んで,全部がコンタミ由来って事はなさそうです.

      また,広い範囲の異なる熱水噴出口に属する様々な種からよく似た遺伝子が検出されることから,著者らは(あくまで裏付けのない仮説として)「海水中を漂ってる細菌類が元々この手のヒドロゲナーゼの酵素を持っていて,(今回調べた熱水噴出口以外でも)それらから派生した様々な海水中の生物も実は水素代謝能とか持ってんじゃないの?」とかも提案しています.
      何でも海中生態系における水素の循環ってよくわかっていないらしいんですが,今回の結果で少なくとも熱水噴出口の生物群は水素を利用していることが判明,また広い生物種で類似の遺伝子が存在することが判明したことから,「もしかしたら我々が気付いていなかっただけで,深海からわき上がってくる水素が,中深度-深海の生態系において広く利用されている重要な栄養源の一つなんじゃないか?」という問題提起をしています.
      いやはや,意外にわかっていないことは山ほどあるものです.

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