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日記

phasonの日記: 3Dプリンタで楽々実験器具作り 2

日記 by phason

"Integrated 3D-printed reactionware for chemical synthesis and analysis"
M.D. Symes et al., Nature Chem., in press (2012).

こういった論文が掲載されたことにちょっとびっくり.
オープンソースの3Dプリンタ,Fab@Homeというものがあるのだが,今回の論文の著者らはそれを使って実用可能な実験器具を作り,実際の化学研究に利用出来ることを示している.

そもそもこのFab@Home,コーネル大の研究者が始めたもので,2000ドル程度の材料費で3Dプリンタが作れるというものである.基本的な構造としてはX,Y,Z方向に駆動出来るヘッドの先端に注射器が付いており,ヘッド位置および注射器のピストンがプログラムにより制御され,所定の位置に内容物をはき出す.大気中の酸素や水分と反応して硬化する樹脂を充填しておけば,立体物が制作出来る,というものになる.
今回の論文の著者らはこのFab@Homeを使い,樹脂として市販のアセトキシシリコーン(風呂場の隙間を埋めるシーラントとして売られている)を使用,いくつかの反応容器を作成し,手軽に化学実験用のカスタム器具が作れることを実証している.

最初のデモンストレーションはコバルト-タングステン系のポリ酸クラスター(ある種の大きめの錯体の仲間)の合成である.しかもわざわざ新規物質である.
(といってもまあ,この手のポリ酸は組成やサイズの違うものが非常に多種類作成可能なので,新規物質だから特別凄いというわけではない)
なお,3Dプリンタでこの反応容器を作っている部分(の最初のところ)と,実際に反応が起き結晶が析出してくる様子は
Supplementary InformationのMovie 1として公開されている.
作成した容器は,下部に観察用のガラス窓(3Dプリンタで側面を作る時に埋め込んでおく),中間に2液の反応室,その上に原料溶液の不溶なゴミを除くためのガラスフィルタがはまっており(同様に埋め込んでおく),その上に細い管状の導入部(2つ)を通り上の原料タンク(2つ)へと繋がっている.
この最上部の原料タンクに,混ぜると反応する2液を別々に入れておく.導入部は細いので,表面張力により溶液は下部反応室には流れ込まない.反応室に溶液を引きずり込む際には,反応容器(シリコーンシーラントで出来ている)の壁面を貫通させ注射針を刺し,反応室内の空気をゆっくり吸い出す.すると減圧されたことにより上の原料タンク内の溶液が反応室に少しずつ吸い込まれ,反応室内で2液が混ざり反応する.なお原料投入後,注射針を引き抜けばシリコーン樹脂の柔らかさのため針が刺さっていた穴は勝手に閉じられ,容器を振ったりしても漏れてくることはないらしい.
下の窓から観察しながら,反応が十分進んで結晶が析出したら取り出しである.取り出す際は,容器を思い切りよくばっさりと切断し結晶を取り出す.この容器,切断後に良く洗い,切断面に硬化前のアセトキシシリコーンを薄く塗りぐっと貼り合わせてしばらく放置するとまたくっつくらしい.便利なものだ.

次に著者らが実演して見せたのは,電気化学実験用セルである.通常は溶液中に電極を突っ込み,電気分解をしながら流れる電流やら光の吸収を見てやったりする.さて,著者らは今回,電極自体も3Dプリンタで作り込んで見せた.透明なガラス板を底面として,原料となるアセトキシシリコーン(繰り返しておくと,風呂用パテだ)に導電性カーボンを混ぜ込んで3Dプリンタでひょいっと線を引くと,これが立派な導電性のある電極となる.あとは周囲の壁面を通常の樹脂で作って器にすれば電気化学セルのできあがりである.カラス製の下面から光を照射しながら,上面で分光を行えば電解を行いながらの吸光度測定が可能となる.
Supplementary InformationのMovie 2では,電解により呈色する化合物の電解を行い,その変化をデモとして示している.

さて,手軽に反応容器が作成出来る利点はなんだろうか?著者らはその疑問への回答の一つとして,反応容器により起きる反応が大きく変化する有機化学反応を実演している.前述の2液を混合する反応容器と似ているが,反応室のサイズの違う2種類の容器を作り(Supplementary InformationのPDFファイル,Figure S6),そこで起こるある有機反応(詳細は省く)の生成物がこの反応室の大きさにより大きく異なる事を示している.こういった反応容器のサイズの差などは,実は溶液の混合具合などに影響を与えるため,有機反応においてはかなり影響を与えることがある.実際,化学プラントにおける反応などでは,反応容器のサイズや攪拌などの最適化を行い,目的物の収量&純度をいかに上げるか?という部分がじっくりと検討される.ところが実験室レベルでは通常,実験器具は出来合いのものを使いあまりサイズ面などの最適化は行われない(いちいち微妙にサイズの異なる反応容器をオーダーメイドでいろいろ用意すると大変).ところが3Dプリンタを利用すればそういった比較検討が実験室レベルでもやりやすくなるよ,という事だろう.

最後に著者らは,前述のカーボンペースト混合樹脂と似たような手法でPd触媒担持カーボンを樹脂に練り込み反応触媒も一緒に3Dプリンタで作り込んだ反応容器を作成,ちゃんと触媒活性があることを示している.これにより,各種反応を行う場として触媒もろとも一緒に作り込んだ反応容器が容易に作成出来ることもわかる(Supplementary InformationのPDFファイル,Figure S3).

化学の基本である加熱とかが難しいなどまあ現状ではまだ課題もあるものの,「ある反応に最適な反応容器の印刷データ」なんぞも論文と一緒に配布されるような時代になると面白いかも知れない(多分そんなことにはならないけど).
「○○反応に最適な××研に代々伝わる門外不出の反応容器データ」とかも面白そうだ.実際,似たような事は先端測定機器の設計データとかではあるんですよね.
#「○○研系列の設計のマスは分解能が高い」とか.そういうところには見学に行ったりします.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by sei5 (45140) on 2012年04月16日 23時51分 (#2137087)

    今は知りませんが、昔の実験系物理屋さんは、ボール盤が研究室にあって、新人学生は先ずボール盤の使い方を教えられ、スジが良いとなると、地下の工作室で、旋盤とフライス盤を教えられて、外から鍵を掛けられ。。。(最後はウソ)

    独創的な研究の中には、系もさることながら、ちょこっとした測定器・治具も自作しないと測定できない、という事も多いでしょう。
    無尽蔵に予算があるなら別ですが、特注品を外注しても、イマイチ使い勝手が悪いとか、現物合わせが出来ないとかで、自分で作った方が速い、という事は多々あるでしょう。 それが行き過ぎると、"NIH症候群"になりますが。

    まぁ、そんなに精度を要しない処で使うには、手軽で低予算と問題無いのでしょうが、工作精度はどんなものなんでしょうね?
    3Dプリンタ詳細を知らないので。。。

    # 聞いた話ですが、旋盤での削り物は、(腕次第で)円筒の嵌め合わせで空気が殆ど漏れないような寸法精度も出せるらしいです。

    • >ボール盤が研究室にあって

      ボール盤は結構ありますねぇ.うちにもあります.
      旋盤もってるところも無いわけじゃないんですが,維持・メンテとかあるので,大抵学科とか大学が機械工作室もっていて,そこにまとめて大型工作機器が放り込んであることが多いと思います.NC旋盤とかフライスとかもあったりして,使い込むと結構いろいろ作れる……ようですが,私はあまり作らない人なので謎.

      今回使っているFab@Homeの精度は非常に低いものです.まあ実際,風呂用パテのチューブを手でひねり出して立体作るのとあまり変わらないと思った方が良いかと.
      #世の中の市販の高価な3Dプリンタはもっと高精度ですが.

      >空気が殆ど漏れないような寸法精度

      これ,円筒なら結構行きますよ.
      油圧シリンダ押した時のように非常にゆっくりしか入っていかないとかぐらいなら最近の工作機器なら簡単にできます.
      ただ,そういう本当にきっちり作ってしまったものだと,温度変化とか,ほんのちょっとだけ斜めに入った,というだけですぐ噛んでしまってにっちもさっちも動かなくなるので,遊びを入れないと実用的ではないんですよね.
      (動く部分には少しだけ隙間を作っておいて,流体などが漏れて困る部分には金属パッキン等を入れる)

      親コメント
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弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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