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日記

phasonの日記: 酸化銅から作った銅触媒は,一酸化炭素の電解還元による液体燃料化において優れた特性を示す 4

日記 by phason

"Electroreduction of carbon monoxide to liquid fuel on oxide-derived nanocrystalline copper"
C.W. Li, J. Ciston and W.M. Kanan, Nature, 508, 504-507 (2014).

二酸化炭素や一酸化炭素から各種有機物を作ろうという研究が各所で行われている.こういった研究は廃棄されている二酸化炭素を有用な炭素源とすることでリサイクルしようという観点であったり,化石燃料の枯渇に備えた石油化学工業の代替手段の探索であったりもする.もう一つの面白い視点として挙げられるのが,不安定で利用しにくい再生可能エネルギーを液体化学燃料に変換することで,電力を貯蔵したり利用しやすい形に変換してしまおうというものである.
よく知られているように,再生可能エネルギーによる発電には出力が不安定なものも多い.従って蓄電池など何らかの貯蔵システムが必要になるのだが,それを化学的なエネルギーとして蓄えてしまおうという研究が存在する.化学エネルギーはエネルギー密度が高く,小さな体積に膨大なエネルギーを貯蔵できるし,液体燃料であれば現状の社会インフラでも利用がしやすい.その化学エネルギーとしての蓄積先として,二酸化炭素を利用しようというのだ.二酸化炭素を水とエネルギーを用いて還元すると,一酸化炭素を経由してメタノールやエタノール,エタンやエチレンに酢酸といった比較的炭素数の少ない化合物を生成することが出来る.

この還元反応の中でも,今回著者らが注目したのが電気化学的反応だ.水に二酸化炭素や一酸化炭素(および,電流を流すための支持電解質)がある程度溶けた状態で電気分解を行うと,適切な触媒があれば各種有機化合物が作成できる.電気分解を用いることにどんな利点があるかというのは最後に述べる.
さてそんな電解還元であるが,二酸化炭素を一酸化炭素に還元する反応の触媒は多々あれども,一酸化炭素から各種有機物へと還元する際の触媒はほとんど存在せず,せいぜい銅が使えそうなことが知られている程度である.しかもその銅でさえ活性が低く,本来熱力学的に必要な電圧よりもさらに大きな負電圧をかけねばならず(これはエネルギー効率の悪化に繋がる),しかも副反応である水の電気分解(水素イオンの還元による水素分子の発生)の方が主反応になるという問題があった.何せ下手をすると流した電流の6-7割が水素の発生に使われてしまい,炭化水素系の燃料が生じるのが1割やそれ以下,などということになってしまうのだ.これでは液体燃料の生成手段としては難がありすぎる.
今回の論文は,この「電解による一酸化炭素の還元反応」において,「酸化銅を還元して作った銅ナノ粒子」が非常に優れた特性を示した,という報告である.

著者らが測定に用いたサンプルは3つ.最初の二つは酸化銅を還元したもので,銅のホイルを酸素で酸化,それを水中で電気化学的に還元したものと,水素により還元したもの.残る一つは対照実験用で,銅を蒸発させそれを吸着させることで作成したナノ粒子である.これら3つのサンプルはほぼ同じ粒径(30-100 nm程度と比較的大きい)のナノ粒子から出来ているが,その内部構造的にはやや異なっている.蒸着して作ったナノ粒子は非常に綺麗なナノ粒子が無数にくっついているだけなのだが,酸化銅を還元して作ると,大きな酸化銅の各所から還元が起こり銅ナノ粒子化するため,一つの粒子が複数のドメインを持ち,内部にいくつもの粒界(結晶格子の向きが違う複数の結晶の接合部)が存在している.
これら3つのサンプルを用いて一酸化炭素の還元を行ったところ,劇的に違う結果が得られている.実験条件としては,0.1 mol/Lの水酸化カリウム溶液を1気圧の一酸化炭素雰囲気下に置き飽和させ,そこで電解を行った.これは通常行われる実験よりも一酸化炭素濃度がかなり低く,より実践的な条件である(この手の検証実験では,数気圧かけることも多い.当然,一酸化濃度が高い方が反応が起こりやすい).
酸化銅を還元して作った電極では,電位(電気化学で標準として用いられる可逆水素電極の電位を基準とし,それに対しての電位で測定する)を-0.25 Vに落としただけで一酸化炭素の還元が進行し,酢酸およびエタノールが生成した.酸化銅の電解還元で作成した電極の方が活性が高く,流した電流の約50 %がこれらの有機物を作るのに利用されるなどかなり活性が高い.水素還元した電極では30 %程度が有機物の生成に使われた.一方,単なる銅ナノ粒子を用いた場合には水素ガスが主生成物であり,有機物の生成は検出されていない.さらに電極電位を下げて還元反応を促進すると効率は若干向上し,-0.30 Vで55 %程度(電解還元銅)および40 %弱(水素還元銅),-0.35 Vでは両者とも45 %程度となった.電位を下げすぎると効率が下がるのは,一酸化炭素を低圧で使用しているため,電極での還元反応に対し一酸化炭素の溶液中での供給が間に合わず,仕方なく代わりの反応(水素イオンが還元され水素ガスが発生する反応)が進行してしまうためである.実際,より高圧の一酸化炭素を用いると,似たような効率を保ったままより大量の有機物を生成することが出来ている.一方の単なる銅ナノ粒子を電極に用いたものでは,電極電位を-0.30 Vにしたところでようやく有機物の生成反応が始まるもののその効率は低く,流した電流のわずか数 %しか利用されず,主生成物は水素のままであった.酸化銅を還元して作った電極と比べると,その効率は1~2桁ほど低い.

単なる銅ナノ粒子も,酸化銅を還元して作ったナノ粒子も,どちらも銅である事には変わりが無い.ではこの触媒活性の差は何から生まれるのであろうか?まだ仮説の段階であるが,著者らは酸化銅を還元した際にだけ生じている結晶粒界が重要な役割を果たしているのではないかと考えている.結晶粒界では,向きの異なる格子が接しているため,その上に位置する粒子表面では通常のナノ粒子とは違う面構造が現れている可能性がある.触媒活性は,同じ金属であってもどの表面かによって大きく変化する.例えば金属の(111)面と(100)面では触媒活性が全く異なってくる.このため,結晶粒界の存在によりいつもと違う面がちょっと出る → そこで特異的な触媒活性を示す,という事は起こっていてもおかしくは無いし,別な金属では実際にそういう例が報告されている.

さて,この研究の意義であるが,実は一酸化炭素を還元して液状の有機物にするだけであれば,電解還元以外ではいくつかの比較的高率の良い手法が知られている.しかしながらそれらの手法は,かなりの高圧や高温を必要としたりで大がかりなプラントとなってくる.一方電解還元は,非常にシンプルで小規模なシステムで実現可能である.つまり,小型の発電システムなどとともに設置することが可能となる.
著者らが想定しているのは,分散配置されるような小型発電システムと組み合わせた電解還元装置により,小規模な電力を液体燃料などの有機原料へと変換・蓄積するようなシステムだ.
そしてもう一つ,結晶の構造をコントロールすると,電気化学的手法での水素化還元が色々とうまくいく可能性がある,ということを示した点も大きい.小規模な工業的な合成で何かに繋がるかもしれない(繋がらずに消えていくだけかも知れないが).

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  • フィッシャー・トロプシュ法がより低エネルギーでできるとしたら石炭エネルギーにも生き残る道はあるだろう。ただ、二酸化炭素を燃料にするには燃料が燃えて出す以上のエネルギーを投じなければならないわけで、その辺を理解している人がどれだけいるか…

    • by Anonymous Coward

      > 以上のエネルギーを投じなければならない

      ->不安定で利用しにくい再生可能エネルギーを液体化学燃料に変換することで,電力を貯蔵したり利用しやすい形に変換してしまおうというものである.

      ってことでそ?

      • by Anonymous Coward

        大規模なプラント安定した入力を必要とすることが多いだろうし、再生可能エネルギーを使うこと考えると電解還元は益々重要っぽくなるねぇ…。
        上手く行けば、だけども。

  • by Anonymous Coward on 2014年05月01日 1時27分 (#2591991)

    電中研で、炭素ドープ銅による二酸化炭素(COではなく)の電気還元をやっている例がありますね。
    こちらは、ファラデー効率10~20%くらいだそうです。
    メタノールやエチレンなどが生成するそうな。

    今回の研究のキーは、気体溶解度を安価に上げる方法かなぁ、と思います。
    加圧するのが常道ではありますが、加圧ってコストかかるんですよね。
    大量に放出されるCO2をCOに変えて、さらに高濃度溶解水を作る、っていうのは
    再エネ使っても効率悪そうな?

    でも、研究はこれからだし、今後に期待。
    少なくとも、光還元よりは健全ですね。
    (ALCAなど関係者に抹殺されそうなのでAC)

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クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

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