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日記

phasonの日記: 腸上皮でのフコシル化が罹患中の腸内細菌環境を維持する 2

日記 by phason

"Rapid fucosylation of intestinal epithelium sustains host-commensal symbiosis in sickness"
J. M. Pickard et al., Nature, 514, 638-641 (2014).

腸というのはいわば"外部"に露出した内臓であり,さまざまな外界由来の物質に接触している.このため各種感染の起点となる可能性が非常に高くなり,腸からの感染をいかに防ぐかというのは生体にとって非常に重要な課題である.例えば人間の免疫細胞の過半数は腸に存在しており,また腸を起点とした免疫系の多彩な制御なども明らかとなりつつある.
腸からの感染が危険である一方,腸が"外界"に接する器官である以上,そこを無菌状態に保つのは現実的ではない.そこで生物は,腸内に(その生物にとって)無害な細菌群を生息させ,危険な細菌類の繁殖を防ぐという共生的な関係を築いている.無害な細菌をある意味で免疫系の一部として取り込んでいるわけだ.
(そういう意味では,「人間」という存在は雑多な生物の集合体ともいえる)
そして生物はこの腸内細菌群を維持するために,「免疫系は無害な細菌をむやみに攻撃しない」等,共生関係を維持できるように進化してきたし,細菌側も何らかのシグナル分子によって腸側の応答(例えば,自分たち以外によく効く免疫応答など)を引き出し,生存に有利な効果を引き出しているといわれている.

ここでちょっと違う話を挟もう.
人間が風邪などにかかると,食欲が減退するということはよく知られている.この反応は,餌を探す労力から内部の敵と戦うほうに体力を振り分けるためだとか,栄養を制限することで感染した細菌などへの栄養を断つ効果があるためだとか言われている.
さて,この絶食,よく考えると腸内細菌にとってはかなり致命的な出来事である.何せエネルギー源である食料が一切入ってこなくなってしまうのだ.1日程度ならまだしも,もっと長期間食欲不振が続くようであると,腸内細菌群に甚大な被害が生じることとなる.一方これは,人間からしても一大事だ.有害な細菌が増殖できないように無害な細菌群で埋め尽くしていたのに,腸内細菌群が半壊しているようでは病み上がりの食事由来の有害な細菌の大繁殖を招きかねない.
そこで,「食欲不振で食事をとれていない際には,腸内細菌群に餌となる何らかの栄養が人間側から供給されるシステムがあるのではないか?」という仮説がかねてから提唱されていた.
今回の論文は,そういったシステムを実証したよ,というものとなる.

著者らが目を付けたのはフコースという糖によるタンパク質やリン脂質の修飾である.一般的に,タンパク質や脂質はしばしば糖類による修飾を受け,その糖の種類などによりある種のシグナル分子として生理活性を制御したり,栄養としての糖鎖を運搬したりする.中でもフコースはさまざまな疾患(特に癌など)で多量に発現することが知られており,免疫に何か大きくかかわっていることが示唆されている.実は過去の研究により,様々な感染症にかかった場合に腸管の上皮細胞が多量のフコシル化された分子(=フコースがくっついた分子)を分泌することが知られており,これが腸内細菌に影響を与えているのではないか?というのが著者の見立てだったわけだ.

そんなわけで,フコシル化にかかわる遺伝子をノックアウトしたマウスと野生型とを比較した実験を行っている.感染による免疫応答をシミュレートするためにリポ多糖(LPS:グラム陰性細菌の外膜に存在する物質で,毒性もある)を接種して応答を見る,というのが主な手法だ.
その結果であるが,まずLPSを接種すると,野生型では腸の上皮細胞で顕著にフコース化されたタンパク質等が生じる.ノックアウトマウスでは当然ながらそういったことは起こらない.両者とも接種後には食欲の減退により体重が減少するが,数日で体重は元に戻っていく.ところが,この体重の戻り方に違いが生じていた.野生型に比べ,ノックアウトマウスのほうがなかなか体重が戻らなかったのだ.
一つの可能性としてフコシル化されたタンパク質そのものが他の酵素の活性を上げるなどして回復を早めるという可能性も考えられたが,酵素の活性等には顕著な差は見られなかった.
そこで著者らは前述の仮説に基づき,腸内細菌の生存性の違いが影響しているのでは?という点の確認を行った.つまり,フコシル化にかかわる部分をノックアウトしたマウスでは絶食中に腸内細菌に栄養が足りずその数が減少,それが回復期の栄養摂取に影響を与えているのではないか?ということだ.
これを確かめるために,野生型,抗生物質により腸内細菌を減らした野生型,ノックアウトマウス,抗生物質により腸内細菌を減らしたノックアウトマウス,の4種類のマウス(十数匹ずつ)を用意し,それぞれにLPSを投与した後の体重変化を追跡した.
すると,通常の野生型の体重の回復が早かったのに対し,抗生物質で腸内細菌を減らしたグループや,抗生物質は使っていないがフコシル化部分がノックアウトされているマウスは同じ程度に体重の回復が遅かった.抗生物質による人為的な腸内細菌の減少と,フコシル化部分のノックアウトがまったくと言っていいほど同じ影響であったことから,LPS投与後の体重回復の遅れは,腸内細菌の減少によることが示唆される.また,腸管の上皮細胞が分泌したフコシル化された分子を腸内細菌が取り込んで代謝していることも別の実験で示している.
最後に著者らは,野生型とノックアウトマウスとに対し,LPSを投与して食欲を減退させたのち,数日後にC. rodentiumというマウスの腸病原菌を投与する実験を行っている.その結果,野生型に比べノックアウトマウスではLPS後のC. rodentiumの投与で体重が大きく減少するなど感染しやすいことが確認された.これは,感染症からフコシル化をトリガーする能力を持たないマウスでは絶食後に腸内細菌が減少しており,感染症にかかりやすい状況となっていることを示唆している.野生型のマウスでは絶食中でもフコシル化された分子を腸内細菌のための「餌」として分泌することで腸内細菌の減少を防ぎ,以後の感染への備えを維持しているわけだ.

このあたりの話は全く知らなかったので,なかなか興味深い結果であった.

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