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日記

phasonの日記: ひよこにおける心的数直線は人間のものと似ている

日記 by phason

"Number-space mapping in the newborn chick resembles humans' mental number line"
R. Rugani, G. Vallortigara, K. Priftis and L. Regolin, Science, 347, 534-536 (2015).

人間の数に対する認識は,空間的な方向などに対しマッピングされている.例えば数値の大小は空間的な左右と関連づけられており,左の方に小さな数が,右の方に大きな数が存在する方が自然であると感じられる(キーボード上の数字の配列もこの順になっている).別な例として,被験者にランダムに数字を挙げてもらう際に,被験者に右を向いてもらいながら行うと大きな数字に,左を向いてもらうと小さな数字に偏ることも知られている.こういった人の認識における数と空間的な方向の関連づけは心的数直線と呼ばれ,日常における行動などにも影響を与えていることが知られている.
その一方で,この心的数直線の起源に関しては現在でも議論が続いているところである.生まれながらに本能として持っているという説(数を認識する能力を得た際に,既存の空間認識機能を流用した?)もあれば,日常的に目にする数字の並びや親(こちらは既に心的数直線が完成されている)からの(無意識の)教育による伝播であるとする説もあり,決着はついていない.
(ただ,言語を解する以前の乳児に対しての実験から,言語の構造などに由来するものでは無かろう,とは言われている)
今回報告されたのは,生後3日のひよこにおいても,人間と同様に「小さい数は左,大きい数は右」というような傾向が見て取れたよ,というものだ.この結果は,心的数直線が先天的なものなのではないか?という説をいくらか支持するものとなる.

まず実験であるが,以下のような方法で最初にひよこをある数に対し条件付けする.ほぼ三角形の部屋の頂点付近にひよこを置き,その反対側(対面の辺の近く)に1枚のついたてを置く.このついたてにはある枚数の小さな正方形のシール(これが,条件付けされる「ある数」)が貼ってあり,裏には餌が置いてある.例えばひよこを「5」に対して条件付けしようと思った場合は,ついたての表面に5枚のシールを貼るわけだ.なお,シールの配置が特定の(何かひよこの興味を特別に惹く)配置になりにくいよう,シールの貼り方やサイズ,色などはランダムに様々なものを用いている(この辺を変えながら比較などもしているようだが,省略).この条件付けを終わると,いよいよテストである.同じようなほぼ3角形の部屋だが,今度は(ひよこの初期配置の頂点以外の)2つの頂点位置に,それぞれ1枚ずつの同一のパネルが置かれる.ただし,このパネルに貼ってあるシールの枚数は条件付けした数よりも多い(Large Number Test)もしくは少ない(Small Number Test).この状態で,ひよこが右と左,どちらのパネルを選ぶかをテストするわけだ.例えば「5」で条件付けしたひよこが,「8」(Large Number Test)枚のシールが貼ってある左右のパネル(2つとも8枚のシールが貼ってある)のどちらのパネルを選ぶか?を見るわけだ.

実験は3パターンを行っている.
実験1では15羽のひよこを使用し,ひよこを「5」に条件付けされている.この15羽を2グループ(8羽と7羽)に分け,最初のグループはまず小さい数字(2)でのテストを5回行い,続いて大きな数字(8)でのテストを5回行う.もう一つのグループではテストの順番を逆にし,最初に大きな数字(8)で5回,続いて小さな数字(2)で5回のテストを行っている.
実験2では12羽のひよこを使用し,条件付ける数字は「20」である.こちらも2グループに分け5回×2のテストを行う.Large Number Testで使う数字は「32」,Small Number Testで使う数字は「8」である.
実験3ではプレートに貼るシールの色やサイズ,貼り方などを変え,影響が出るかどうかを見ているが,結局そういったものは影響していないよ(単純に数の差だけが問題で,「右を選びやすい色」やら「左を選びやすい貼り方」が有るわけでは無い)という事がはっきりしてくるだけなので,ここでは省略.

では,結果である.
実験1より,「5」で条件付けしたひよこを,覚えている数より小さい「2」のところに持って行くと,左側を選ぶ確率が約70%であった(残りは右).一方,覚えている数より大きな「5」のところに持って行くと,逆に右のパネルを選ぶ確率が70%となる.つまり,自分が知っている数より小さい数を提示されると,(同じプレートが2枚置いてあるのに)左を選ぶ確率が有意に高くなり,逆に自分の知っている数より大きい数を提示されると右を選びやすくなるわけだ.なお,先にLarge Number Testをやるか,Small Number Testをやるか,の2つの間では結果に有意な差はなく,同じ結果が得られている.
これだけだと「2が出てくると左,8が出てくると右」となっている可能性も排除できないので,実験2の結果も見てみよう.「20」で条件付けし,それより小さい「8」を提示すると,約70%のひよこが左を選び,逆に大きい「32」を提示すると約78%が右を選んだ.つまり,8だから左というわけではなく,「自分が覚えている数より小さな数が出ると,左」,「自分が覚えている数より大きな数が出ると,右」という傾向が明らかとなっている.
これは,人間の心的数直線である「小さい数は左,大きい数は右」というものと似ており,心的数直線の起源が本能的なものではないか?という面をいくらか支持するものとなる.

「心的数直線」という概念を初めて知ったので,なかなか面白く読めた論文であった.今回の結果だけで人間の心的数直線の起源が確定するわけではなく,まだまだ議論は続くのであろうが,興味深い.
また余談ではあるが,Supplementaly Materialsに「ひよこは実験後に数羽のsocial groupとともに置かれ餌と水を自由に得られる状態にし,その後地元の農家に寄付された」とか書いてあるのも時代だなあと感じた(まあ悪いことでは無い).

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typodupeerror

計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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