会社支給の携帯電話というのは、言うまでもなく秘密にすべき情報の集合体みたいなものである。特に営業担当や顧客との連絡が多い方なら、折に触れ実感されていることだろう。
その「仕事用携帯電話」を貴方が落としてしまった、としよう。それを拾い、「落ちていましたよ」と伝えてくれた方がいたとして、貴方ならどう対応するだろうか?
昨日のことだ。
通りを歩いていた私は、auの携帯電話を拾った。
E03CAで、裏には自身の電話番号と「ヤマト運輸」の文字が書かれたテプラが貼られている。
拾い上げてみると、信じがたいことにロックがかかっていない。発着信の履歴もそのままである。遠隔ロックやデータ削除など、業務向けにセキュアな仕掛けを幾つも用意されているはずの機種だが、さっぱり活用するつもりはないようである。
じろじろ眺める趣味も無いので、電話帳の登録番号からヤマト運輸関連の番号を探し(××ベースという、集配センタの番号が見つかった)、そこへ電話をかけた。近くに交番でもあればともかく、そういう場所でもなかったし、私も暇ではなかったからだ。
電話は拾ったものからではなく、自分の携帯を使った。料金云々ではなく、落ちていた携帯を耳に当てる気にはなれなかったためだ。
私:「御社の業務用携帯を拾ったので連絡してみました。どうすれば良いですか?」
私は拾った場所、拾った携帯の番号を伝え、近辺の様子を伝えた。故障の様子は無いことや、内部のデータが丸見えで危ないということももちろん、伝えた。ついでに、人通りの多い通りで、付近にはコンビニが数件と飲食店などがあることを伝えておいた。生憎と交番などは無いので、コンビニのレジに預けておくのが無難だと思ったからだ。コンビニにはちょうど、黒猫ののぼりが立ってもいた。
クロネコ:「少々お待ち下さい」
お礼の言葉は無かった。マニュアル対応外の問い合わせに慌てた相手の女性が、上役に判断を仰ぎに行ったようだ。しばし待たされる。というか、かなり長く待たされる。何を考えているのだか……電話料金はこっち持ちだと言うのに。
クロネコ:「では、そこから近所の営業を紹介しますので、そちらに連絡して下さい」
私:「は!? 私は単に親切心から拾い物の連絡をしただけですが、さらに連絡を私にやれと仰るのですか?」
私は呆れた。自然と口調もキツくなる。
クロネコ:「ここは配送センターでして、営業的な部分は…」
私:「営業所とやらに連絡する義務は私にはありませんし、拾ったことへのお礼の言葉すらありませんよね? どうしてそんな非常識な対応をなさるのですか?」
クロネコ:「済みません、少々お待ち下さ…」
私:「待ちません。判りました、もうこれ以上、この件におつき合いすることは辞めます」
私は拾った携帯を、落ちていた場所に戻した。バカバカしくて、叩き付けてやろうかと思ったほどだった。どうせ対ショック携帯なのだから、壊れはしないし、そうしてやれば良かったかもしれない。
私:「自分たちで勝手に拾いにきなさい。場所は××です。さっさとこないと誰に拾われるか知れたものじゃないですよ」
クロネコ:「はぁ…」
女性の声はか細かった。彼女に全面的な非がある訳ではなく、指示を出した上役がアホだということは重々承知だが、マニュアル対応しか出来ないことは彼女も反省すべきだろう。
大人げないなとは思いつつも、腹立たしさを抱えたまま電話を切った。その後、立ち寄ったドトールでノートPCを開き、ヤマト運輸のサイトから苦情の投書を送っておいた。電話対応の酷さも許しがたいものがあったが、仕事用の携帯電話を落としておいて、この危機感の無さはあり得ないというのが正直な感想だったからだ。
数時間後、私が電話をした配送センタのお偉いさんからお詫びの電話が来た。お詫びの姿勢を示されたことは受け入れたが、私は今後、クロネコヤマトを利用することは避けたいと返事をさせてもらった。感情的な部分ももちろんだが、情報漏洩にルーズな企業なのだ、ということが透けて見えてしまったことが大きい。
ちなみに携帯自体はその後、慌てて拾いにきて無事だったそうだ。私の感情的な対応がベストだったとはお世辞にも言えないが、善意の拾い主を怒らせ、危うく情報漏洩をやらかすところだったというアホな対応については、多いに反省していただきたいと思う。