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日記

phasonの日記: NIFにおけるレーザー核融合,一歩前進 10

日記 by phason

"Fuel gain exceeding unity in an inertially confined fusion implosion"
O.A. Hurricane et al., Nature, in press (2014).

現在核融合炉の開発でもっとも先に進んでいるのはトカマク型などの磁場閉じ込め型であるが,他の手法での核融合研究もいくつか進められている.その中でも近年目に見える発展があるのがレーザー核融合である.日本だと古くから阪大が激光-XIIを使った研究を進めたりFIREX-1計画でペタワットクラスのレーザーであるLFEXを作っていたりするが,レーザー核融合は核兵器中で起きる核融合反応の研究との関係も深いため(レーザー核融合なら実験がやりやすく,実際の核兵器中で起こっていると思われる現象の解明に繋がる),アメリカ,フランス,中国などが積極的に開発を進めている.例えばアメリカではローレンスリバモアに国立点火施設(NIF)を作って実験を進め,フランスではNIFとほぼ同等のLMJ(Laser Mega-Joule)を建造(そろそろ完成時期か?),中国とEUも(それらよりエネルギーが一桁程度落ちるが)それぞれ神光(Shenguang)IIIとHiPERを建造して実験を進めている.
#もっとも近年では莫大な予算が問題化し,各国とも先行き(次世代施設等)は不透明であるが……

この中で今もっとも研究が進んでいるのがアメリカのNIFだ.今回,レーザー核融合においてホットスポットでのQ値(核融合によって発生した熱 / その部分の加熱に外部から流入した熱)が1を超えた事が報告された.

NIFで行われている実験は間接照射方式と呼ばれるものになる.レーザー核融合の初期では,燃料である重水素(D)と三重水素(T)を混ぜて冷やした液滴(または固体.燃料ペレットなどと呼ばれる.効率は下がるが,DやTを含む化合物にすることで常温で液体や固体にすることもある)に全周囲から多数のレーザーを照射し球状に加熱,その反動で中心に向け爆縮する力を利用して核融合を起こしていた(直接照射方式).しかしながらこの手法,多数のレーザーで直接サンプルを加熱するため,レーザー間のタイミングや出力が少しでもずれると燃料ペレットが歪な形に変形してしまいうまく爆縮せず,核融合が起こらないという問題があった.また複数本のレーザーが干渉を起こし部分ごとにレーザー強度のムラが出来るなどの現象も起こるため,そのあたりの解消がなかなか手間でもあった.
これに対しNIFなどの最近の施設でよく用いられているのが間接照射である.NIFでの実際の実験を例にとって説明しよう.燃料ペレットは,低温で固化したD-T混合ペレットの表面を炭化水素などからなるアブレーターの殻(こいつがエネルギーを吸収し急速に気化,その反動で内側の燃料ペレットを圧縮する)で包んだもので,全体の直径は2 mmほどとなる.この燃料ペレットを純金製の直径約6 mm,長さ1 cm弱の円筒(hohlraumと呼ばれる)の内側にセットする.点火に用いる192本の紫外レーザーはこの円筒の内面の様々な位置に向け照射され,そのエネルギーは金から発生する強烈なX線(および金原子のプラズマ)へと変換され円筒内部に満遍なく降り注ぎ,これが燃料ペレットを加熱することで爆縮を引き起こす.この間接照射では,hohlraum内面での乱反射等により燃料ペレットを均一に加熱しやすいことが知られており,直接照射に比べるとレーザーの強度や位相コントロールがそこまでシビアでは無い,という利点を持つ.

さてそんなわけでNIFの結果である.
NIFは2011年から本格的な実験を開始し,様々なパラメータを振りながらどのような条件が一番点火に向いているのかを詰めたり,加熱に関する理論を精密化したり,という仕事を続けていた.そんな中,2013年夏頃に彼らが見出したのがhigh-footと彼らが名付けた加熱条件である.金原子がプラズマ化して広がりすぎると,hohlraum内へのレーザーの入射を妨げてしまう.そのため金原子が飛び散りにくいようにhohlraum内にはある程度のHeガスが導入されているのだが,この濃度をかなり高くすると急峻な加熱エネルギーの立ち上がりが起き,燃料ペレットを効率よく爆縮させられる,という発見だ.この発見がブレイクスルーとなり,昨年夏以降にNIFでの実験は一気に進展を見せた(発熱量が数倍に増え,核融合による熱量が1桁以上増えた).
でまあ今回,それらの実験を詳しく解析した結果が報告されたわけである.

用いた燃料ペレットは,D-Tを低温(約18 K)で固化させたものの表面を,炭化水素+Siからなるアブレーターで覆ったもの.一つだけポイントとなる点が挙げられていて,この時のサンプルの温度はD-T系の三重点(融点)のわずか0.8 K下と,ギリギリ固化するところを狙っているらしい.というのも温度を下げすぎるとペレットに亀裂が入り均一な爆縮が出来なくなるからだとか.
ここに192本のレーザーにより1.8~1.9 MJ程度のエネルギーの紫外レーザーを照射する.なお,均一な加熱を実現するために,個々のレーザーは照射場所によって微妙な波長差をつけたりしているらしい(波長が9 Å前後のレーザー光で,0.7 Å程度の差をつけている).間接照射で均一な爆縮を起こしやすいと言っても,この程度の微調整や,ピコ秒レベルでの照射時間の同期調整は必要であるらしい.
その結果,核融合が起きてエネルギーが今までより沢山出ました……というだけのことなのだが,この結果を導くのもまた一苦労である.燃料ペレットから照射されるX線や中性子などの総量であるとか,どの位置から出てきたかといった情報を集めて,ペレットがどんな風に圧縮されているかを推測する.そこからホットスポット(大雑把に言ってしまえば,核融合が起こっているところ)のサイズを見積もり,そこでの圧力と粒子密度を推測し,レーザーのエネルギーがどの程度吸収されたのかを推測し,それに比べ推定温度が○○だから純粋に核融合によって出てきた熱量は××である,と推測し……と,何段もの過程を経てようやく放出されたエネルギーが判明する.なかなか大変である.

で,今回のキモとなるのは,「ホットスポット部分の加熱に使われたエネルギー」を上回る熱が核融合で発生しましたよ,という点だ.「加熱に使ったレーザーの出力」だとか,「レーザーを出すのに使ったエネルギー」と比較しているわけではない点に注意.
具体的に言うと,10~20 MJぐらいのエネルギーを消費して(レーザー出力からの適当な推測),1.8 MJのレーザーを発振して照射し,それがhohlraumに当たって発生したX線のエネルギーのうち10 kJ程度を燃料ペレットが吸収し,核融合により14 kJぐらいの熱が出ましたよ(投入熱量の1.4倍出たよ),という話になる.
見てわかる通り,最初の消費電力から見ると核融合出力は0.1 %とかそういう値になるので,すぐに発電できるとかそういうものでは全く無い(webを見ると,どうも勘違いしている人もいるようである).

まあ,さすがに歴史的にだいぶ先行しているプラズマ閉じ込め式に比べると物足りないものの,着実な進歩は遂げているようだ.
なお,NIFのこのあたりの研究成果に関しては,1月にMITで行われた講演のファイルが公開されている.

Progress Toward Indirect Drive Ignition on the NIF
(ちょうど今サーバが落ちてる?)

いろいろと面白い写真もあるので,お暇な方はご覧あれ.
#最後のほうには,NIFでロケが行われたStar Trek: Into Darknessの画像もあったりする.

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犯人はmoriwaka -- Anonymous Coward

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