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Pravdaの日記: 『日本人の知らない日本語 2』のあとがき

日記 by Pravda

蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語 2』(メディアファクトリー)より。

日本語学校での教師の悪戦苦闘ぶり(?)を描いた、面白くも興味深い漫画で、共著者の海野凪子さんが日本語教師で原案担当、蛇蔵さんが構成と漫画担当だそうですが、この本の「あとがき」の蛇蔵さんの文章に唸らされました。以下引用。

ある雑誌のインタビュアーが、凪子さんに
「成功した授業」について聞きました。
凪子さんの答えは「ありません」でした。
「生徒が完全に理解した=成功した授業であるならば、
複数の生徒がいる学校で、成功なんてありえない。
もし成功したと感じたならば、
それは自分のやるべき手順ばかり見つめて
生徒を見ていなかったということだと思う。
だから私は成功したと思ったら、反省するようにしています。」
そんな答えがさらりと出てくる人と
私は出会えて幸せです。〔p.157〕

社会人ともなると、お客さん先に出向いてプレゼンをする機会もありますが、個人的に「成功したプレゼン」と思っていたのは、パワーポイントのスライドの出来や論理の流ればかり自己評価していて、「お客さんを見ていたか?」と言われると答えに窮します。プレゼンに限らず社内研修でしゃべる際も、凪子先生の心持ちに少しでも近づけるよう、精進したいと思います。

以下脱線。教師が黒板に板書して説明し、黒板に向かって生徒が机を並べて授業を受ける教授法は、フランスの司祭ド・ラ・サール師が先駆なのだとか。たしか井上ひさしのエッセイに書いてあったと思います。日本の「ラ・サール高校」は、この教育者から名前をいただいたそうです。Wikipediaで調べると、ジャン=バティスト・ド・ラ・サール [wikipedia.org] は1651年生まれの1719年に歿ですから、17世紀末の人。ラ・サール式教授法は300年ほどの歴史なんですね。

それまでの教授法は、小グループでの対話形式か、マンツーマンの家庭教師かだったようです。ド・ラ・サール師の教授法は、効率とコストを重んずる近代にマッチした方法で、だからこそ普及したと言えましょう。逆に、講演などに呼ばれる身分になると、効率とコスト面から、なかなかおいしい仕事だとか。(と、また素直じゃない目で見る…。)

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UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア

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