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日記

phasonの日記: 細胞工学:遺伝子を改変した細胞間のシグナルを利用し高次構造を作る

日記 by phason

"Programming self-organizing multicellular structures with synthetic cell-cell signaling"
S. Toda, L. R. Blauch, S. K. Y. Tang, L. Morsut and W. A. Lim, Science, in press (2018).

生体内において,細胞は自発的に非常に高度に組織化された構造を作り上げる.例えば我々の臓器をみてみると,各種の細胞,神経,血管や適切な空洞などが自動的に組み上がっており,全体として高度な機能を発揮している.この複雑な構造を作り上げているのが元を辿ればわずか一種類の細胞であり,それが分化と構造形成を繰り返しながらこれほどのものを作り上げるというのは驚嘆せざるを得ない.
このような複雑な分化や構造形成がどのように行われるのかというと,そのほとんどが隣接する細胞などとの化学物質のやり取りや周辺の物質の濃度などであり,原理は驚くほど単純である.単純な原理が組み合わさることで連鎖的な変化が起き,結果として非常に複雑なものが自発的に組み上がる.なんとも見事なシステムだ.

さて近年,遺伝子を改変する技術は非常に進歩し,様々な特性を持った細胞を自在に作れるようになりつつある.しかしながら,「細胞の集合体」をデザインするにはまだまだ至っていないというのが正直なところだ.
今回報告されたのは,そんな「適切にデザインされた細胞から,高次の(もう少しだけ)複雑な構造を自発的に作らせる」というものになる.ここでキーとなっているのは,Notchシグナリングと呼ばれる細胞間での情報伝達システム(を適切に改変したもの)と,それにより発現されるカドヘリンだ.

Notchシグナリングは,Notch受容体と呼ばれる細胞膜を貫通するタンパク質により引き起こされる細胞間でのシグナル伝達である.Notch受容体はその一部を細胞外に突き出し,逆側が細胞内にぶら下がる形となっている.Notch受容体の外部に露出した部分(信号を受け取る部分)が対応する特定のタンパク質(リガンドタンパク,これが細胞間での信号となる)と結合すると,それを感知したタンパク質分解酵素がNotch受容体の細胞内にぶら下がっている部分を切断する.この切断された断片は核内に移動されるようなタグ(となるアミノ酸配列)を持っており,切断後にすみやかに核内に移行,そこでDNAの特定配列と相互作用することでその部分の発現を促進したり,逆に特定の配列の発現を抑制したりする.
要するに,細胞外部から特定の分子が近づいてNotch受容体(の外側の受容体部分)に結合,すると細胞膜内のパーツが切り出され,それが特定遺伝子をOn(またはOff)出来る,というわけだ.
現在ではこのあたりの技術は非常に進んでいるので,Notch受容体の細胞内にぶら下がっている部分を適切に設計する&DNAを適切に書き換えることで,「○○という分子が来たら,××という分子を作る(or 作らないようにする)」という事が自在に実現できる.また,Notch受容体の細胞膜外に飛び出ている部分も自由に設計できるので,何をトリガーとするのか,というのもさまざまに変更可能だ.このようにして設計された人工のNotch受容体を,synNotch(synthetic Notch)と呼ぶ.

一方のカドヘリンというのは,細胞間での接着剤となるタンパク質である.こいつが発現すると,同種のカドヘリンをもつ細胞どうしの間に吸着力が働きくっつくことが知られている.発現量が多ければ吸着力も強く,またカドヘリン自体も何種類も存在し,異種のカドヘリンとの間の相互作用は弱い.例えばEカドヘリンを発現している細胞(Eと呼ぼう)とNカドヘリンを発現している細胞(N)があると,E同士やN同士は強くくっついて固まる一方で,EとNとはそれほど強くくっつくことはない.

さてそれでは,著者らの結果を見ていこう.
この論文は幸いSupplementary Materialsとして数多くの図を含む文章や動画が公開されているので,必要に応じてそちらもご覧頂きたい.

まず著者らが行ったのが,単純なアイディアの実証試験である.最初に二種類の細胞を用意する.青色の蛍光色素を作るように改変した細胞AはCD19という分子を細胞膜表面に作るように設計されている(細胞膜からCD19がヒモでぶら下がったようになる).もう一方の細胞Bは,CD19に反応するsynNotchを発現するように改変されており,そのsynNotchが切断されると緑色蛍光タンパク質(GFP)およびEカドヘリンを生産する.
論文にならって書けばこういうことだ.

[Cell A: CD19] → [Cell B: αCD19 synNotch → Ecadhi + GFP]

ここでCD19はこれを発現していることを意味し,矢印はこの信号の伝達,αCD19 synNotchはCD19を受け取ると起動するsynNotchを意味,そしてそれにより発現されるのが右の矢印以降のEcadhi(Eカドヘリン・高濃度)とGFP,となる.
この細胞Aと細胞Bを多数用意し混合すると,最初はランダムに集まった塊になるのだが,細胞Aの作るCD19により細胞BではEカドヘリンとGFPが発現,カドヘリンの効果により細胞B同士が凝集し(と同時に,GFPが発現し緑の蛍光を発することで遺伝子発現が起こっていることが確認できる),押しのけられた細胞Aは細胞Bの塊を取り囲む表皮の位置となり,二重構造が自発的に生成される(Supplementary Materials Fig. S1 Aの下段).
細胞Bとして,CD19によりGFPを発現するがカドヘリンは発現しないようにすると,このような二層構造は生成しない事から,カドヘリンの接着力により二層化していることがわかる(Supplementary Fig. 1 Aの上段).

続いてはさらに高度な構造として,三層構造にトライ.使う細胞は二種類なのだが,細胞の中身が少し違う.

[Cell A: αGFP synNotch → Ecadlo + mCherry]
[Cell B: αsynNotch → Ecadhi + GFPlig]

今度は細胞Aに,GFPタンパク質を受容するとEカドヘリンを低濃度で生成しつつ赤い蛍光を発するmCherryを発現するようなsynNotchを組み込む.さらに細胞Bが作るGFPも,内部に作るのではなく,細胞膜から外にぶら下がる形でGFPが発現する.
この場合,何が起こるだろうか.
まず第一段階は先ほどと同様で,細胞A表面にあるCD19により細胞Bに高濃度のカドヘリンと細胞膜から外にぶら下がるGFPが発現,これにより細胞Bが緑に光りつつ凝集する.すると今度は「細胞Bと接している細胞A」に限り,細胞Bの表面からぶら下がるGFPがsynNotchに受容され,Eカドヘリンを低濃度で発現しつつ,mCherryを発現することで赤く発光する.この赤く光る細胞A'は低濃度とは言えカドヘリンを発現しているので細胞Bに弱くくっつき,カドヘリンを発現していない元々の細胞Aはさらに外側に押しのけられる.
この結果,緑に光る中心部の細胞B,それを覆うカドヘリンとmCherryが発現した細胞A',一番外側に押しやられた元々の青く光る細胞A,という三層構造が実現するのだ(Supplementary Fig. 2 Bの上段,およびMovie S1).
なおこのようにして作成された多層構造は,synNotchの活動を妨害する阻害剤を入れると崩れて初期化される(細胞がランダムに入り交じった状態に戻る).また,作成された多層の細胞塊を「ギロチン」で半分にたたき切っても,その後時間をかけ元通りの(ただし大きさは半分の)構造に自発的に復元する.

続いてはさらに高度な設計に移る.これまでの実験は二種類の細胞を用意しておき,それらが二層や三層の構造を作る,というものだった.著者らが次に取り組んだのは,たった一種類の細胞からスタートし,それが自発的に二種類の細胞(発現様式)に分化,それが二層構造をとる,というものだ.言ってしまえば,生物の細胞がもともと一種類だったのに機能の異なる細胞に分化し,それらが構造を作る,というものの非常に単純化した模倣となる.細胞の設計は以下の通り.

[Cell A: CD19 + mCherry + ┤CD19 synNotch, αCD19 synNotch → Ecad + GFP + ┤CD19]

この細胞は,初期状態ではCD19と赤色蛍光分子のmCherryを発現しつつ,CD19受容体であるsynNotchを抑制(┤)する,という状態となっている(抑制されてはいるが,完璧ではない.一部に受容体のαCD19 synNotchが発現していることがある).この細胞が集まると,偶然少量のαCD19 synNotchを発現していた細胞がCD19を受容,すると右側の過程が発動し,EカドヘリンとGFPを作りつつ,当初は作っていたCD19とmCherryの生産が停止するとともにCD19 synNotchへの抑制が解除される.するとCD19 synNotchが発現しまくるので,このループに入った細胞はGFPを作るいわば細胞A'へと分化するわけだ.この細胞A'はカドヘリンも作っているので凝集し,先ほど同様二層構造が実現する.違うのは,今回は一種類の赤く光る細胞Aからスタートし,それが互いのシグナル分子の影響により一部が緑色のA'に分化,それが中心に凝集した構造を作る,という点だ(Supplementary Fig. 5およびMovie 3).

他にも,二種類の細胞で発現するカドヘリンの種類を変えることで非対称な複数層構造を作成したりといった事も行っている.(Supplementary Fig. 6~10およびMovie 4Movie 5).

まだまだ初歩的な構造を作る程度しか出来ていない段階ではあるが,論理ゲート的な感じで細胞内で起こることを次々に切り替え構造を作る,というのは非常に面白い.こういったことまで出来るようになるとは,遺伝子技術も進歩したものである.

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