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日記

phasonの日記: マルハナバチは葉を噛むことで開花を促進する 1

日記 by phason

"Bumble bees damage plant leaves and accelerate flower production when pollen is scarce"
F. G. Pashalidou, H. Lambert, T. Peybernes, M. C. Mescher, C. M. D Moraes, Science, 368, 881-884 (2020).

自然界では,さまざまな蜂が受粉を媒介し,生態系の維持に大きな役割を果たしている.植物は受粉を助けてもらう代わりに蜂に食物を提供し,蜂はその食物を利用し増殖する.そんなわけなので,蜂が一番食物を必要とする繁殖期,これは分蜂やら新たな群れを作ったりやらがある春になるのだが,と多くの植物の開花時期とが一致している方が何かと都合が良い.
さて,大まかには時期が一致している繁殖期と開花時期なのだが,当然ながら両方とも気候の影響などを受けるため,年によってはズレが生じる可能性がある.特に近年の気候変動なども考えると,このズレが非常に大きくなることもあるだろう.そうなると,蜂は餌が足りなくなり十分増えることができず,まわりまわって植物の受粉もうまくいかなくなる可能性があるわけだ.
こういった共生関係にある場合,両者のタイミングを一致させるためのメカニズムが別に存在する可能性がある.果たして,蜂と花の場合はどうだろうか?

今回の論文の研究は,著者らが春にマルハナバチを観察していて,「働きバチが葉の内側(エッジではない部分)に切れ込みを入れている」という行動を見つけたところからスタートした.観察の結果,蜂は葉を切り取って持っていくわけでも食べるわけでもなく,単にV字の切れ込みを作っているだけだと判明した.
植物関係の常識として,各種のストレスが花芽の生成を促すことが知られている.要するに,環境の良い間はできるだけ大きく成長しておいて,気温が下がったり害虫が出てきたりしたら早めに種を作って生き延びる,という進化なわけだ.とすると,蜂は食物が必要となる春先に,植物の開花を促すために葉に傷をつけている可能性がある.真実は実験で確かめるしかない.

著者らはまずコントロールされた条件下で実験を行った.蜂としてはそもそもの切れ込みを入れる行動が観察された,地元チューリッヒでもよく見るセイヨウオオマルハナバチを用い,これを外界から区切った領域で,決められた植物のみが存在する状況に置く.置いた植物はトマトとクロガラシ(アブラナ科の草)である.まずはこれらの植物で「マルハナバチと共存させ,葉に切れ込みが入ったもの」,「人が人為的に似たような切れ込みを入れたもの」,「切れ込みの無いもの」の3つの群を作り,同じ条件下で開花までの日数を測定した.用いた株数はトマトが各群20株(花の数は総計4800),クロガラシが各群10株(花の数は1200)である.
Supplementary MaterialsのFig. S1を見ていただくとわかりやすいが,何も傷つけていない株の開花割合(緑)に対し,人為的に傷つけたもの(青)ではやや早く開花し(トマトは平均5日,クロガラシは平均8日,傷つけないものより早い),蜂が切れ込みを入れた株(黄色)はさらに早く開花している(トマトは平均30日,クロガラシは平均16日,傷つけないものより早い).クロガラシの方はちょっとばらつきが大きいので微妙なところもあるが,トマトの方は歴然たる差が表れている.要するに,蜂が噛むと花が早く咲く,というわけだ.

餌とのかかわりを考えると,食物が少ない時ほど蜂が葉を噛んで早く花を咲かせようとするのが自然である.そこで著者らは今度はマルハナバチを2群に分け,片方には十分な花粉を餌として与え,もう一方には花粉が不足する状況に保つ.そしてそれぞれの群が,近場に置いたクロガラシの葉に対しどの程度葉を傷つけるのかを観察した.この時,群れの個体差があるといけないので,最初の1週間はAのグループに多く花粉を与え,後半の1週間は逆にAの方が少なく与えられた.
結果は歴然としたものだった.前半1週間では,花粉を十分与えられているA群は葉をほとんど傷つけなかったのに対し,B群の近くにおいたクロガラシの40%ほどが葉に損傷を受けていたのだ.後半の1週間ではこの傾向がきれいに逆転し,花粉を十分与えられたB群の近くのクロガラシは10%前後しか傷つけられなかったのに対し,花粉が減ったA群の近くのクロガラシは40%ほどが損傷していた.
つまり,花粉が十分手に入る=周りに十分な花が咲いている状況ではマルハナバチは単に花粉を集めるが,エサが少ない時期には葉を傷つけ,少しでも早く花粉が手に入るようにしていたわけだ.

しかしこれらの結果は,あくまでも制御された環境下での話である.そこで2018年には著者らは,屋外での実験を行った.
屋上庭園にマルハナバチの巣を設置し,すぐ近くに(花の咲いていない)植物を置いておく.そして周辺地域での花の咲きぐあいの変化に対し,巣の近くに設置した植物の葉がどの程度切られるか,を観察した.
すると予想通り,周辺に花が咲き始めるまでは多くの葉が切られたのに対し,周辺で花が咲き始めると葉への傷害行動は急速に減少していった.さらに,途中で巣の近くに花が咲いた植物の鉢(かなにか)を追加すると,それ以降の葉への傷害行動は一気に減少している.実験室系での結果から予想される通り,自然界でも,エサが少なければ葉を傷つけ,エサが豊富ならそういうことはしない,というマルハナバチの生態が確認できた.
なお著者らは,この観察の間に自然界の別種の蜂たち(といってもマルハナバチの仲間だが)も観察場所に現れ,葉に似たような傷をつけていることを報告している.つまり,葉を傷つけて開花を促進するのは養殖されているセイヨウオオマルハナバチだけではなく,自然界の類似の種も行っている,ということが言える.
なお著者らはさらに翌年の2019年にも実験を行い,今度は数百メートル離れた2か所に巣を設置し,片方は巣の近くに花を配置,もう一方はそのまま,として比較したり,設置した花を途中で根こそぎ刈ったりして,マルハナバチの行動を確認しているが,結果はまあ予想通りのものだったので詳細は省略する.

ということで,蜂は意外にも自分の方から能動的に働きかけ,開花時期に影響を与えているらしいよ,という研究であった.

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  • by ieneko (48930) on 2020年05月23日 15時13分 (#3820671)

    いつも(他では目にしにくいような話題を)分かりやすく解説いただけて、とてもありがたく思います。
    まだまだ自由に動き回る事は厳しい状況ですが、無理をされずにご自愛下さい。

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