パスワードを忘れた? アカウント作成
11581 story

増加の一途をたどる監視カメラに抵抗するハッカー達 302

ストーリー by Oliver
高すぎる安全の代価への市民的不服従 部門より

luners曰く、"HOTWIRED JAPANの記事より。オーストリア政府が裁判所命令なしに警察が監視カメラを設置するのを許可する法律を可決したが、これに対してオーストリアの「クインテッセンス」という団体が「監視者を逆に監視する」と監視に対する様々な反対行動を取り始めた。
例えば割安の衛星受信機で監視カメラを傍受したり、風船やレーザー、赤外線装置などを使って監視カメラの視界をさえぎる方法などだ。「クインテッセンス」のウェブサイトではレーザーが監視カメラの映像のほとんどを埋め尽くす写真が載っている。また「クインテッセンス」やドイツのハッカー集団「カオス・コンピューター・クラブ」は監視に抵抗するためのディスカッションを主催した。
ここ日本では折りしも昨年末の相次ぐ児童殺傷事件によって通学路に防犯カメラを設置しようという動きが出ているし、また東京では繁華街などに過剰を通り越して異常なまでの監視カメラが設置されている。私が住む町でも警察による防犯カメラ重点設置地域と書かれたビラが貼られ、PTAの自転車が防犯パトロールのプレートをつけてそこら中を走り回っている。
監視の目はますますきつくなるばかりだ。監視に抵抗し反対するにはどうしたらよいのか。あるいは監視がなぜ悪いことなのか。あなたはどのように考えるだろうか。"

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 18時16分 (#861501)
    カメラの設置は、ある程度は許容すべきかとは思います。
    自分としてはカメラよりも生きた人間(警察官とか)を動員した方が良いような気がしますが。カメラは助けてくれませんし。
    (田中康夫は好きじゃないけど、意見には同意)

    しかし、その前提である「相次ぐ児童殺傷事件」は、本当に冷静な見方をされているのでしょうか?
    と申しますのも、昨年末からの一連の報道の中で、同じく児童が殺傷されたにも関わらずマスメディアで大きく取り上げられなかった事件がいくつかあったからです。
    それらは、いずれも「親による子殺し」でした。

    かつて、子殺しは罪ではなかったと聞きます。
    しかし、この時代になっても未だに子供を親の所有物だと考えている人間が、もしかしたら多いのかもしれません。
    どちらも忌むべき犯罪のはずなのに。
    • by inoue04 (26256) on 2006年01月08日 21時30分 (#861571) ホームページ
      「子供は親の所有物だから、虐待しようが殺そうが大した罪ではない。親の所有物だからこそ、他人によって傷つけられるのは徹底的に防がなくてはならない」
      という認識が、社会で共有されているのではないでしょうか。
       20年ぐらい前までは、出産得後の嬰児殺は、母親の精神状態に問題があったということで、ほとんど不起訴になってました。「殺人」としてカウントされない子殺しが昭和になっても大量にあったのです。
      親コメント
  • by Sinraptor (22797) on 2006年01月08日 14時43分 (#861389)
    >PTAの自転車が防犯パトロールのプレートをつけてそこら中を走り回っている。

    別にこれは問題のある事ではないんでは?
    PTAが強力な逮捕権限を持っている訳じゃないですから。

    権力を持つ物によるクローズドな監視が強まる事が問題なのではないでしょうか。
    --
    //Sinraptor
    • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 21時14分 (#861560)
      Webカメラにしてみればどうだろう。
      誰もが自由に監視できればクローズドな監視とは誰も言わないし、
      監視者が入れば犯罪を少しは抑止できるだろう。

      犯罪者が悪用する可能性を考えて、アクセス者の記録も取っておけばさらにbetter。
      親コメント
  • by gonza-less (23265) on 2006年01月08日 14時44分 (#861391) ホームページ 日記
    タレコミ曰く
    >また東京では繁華街などに過剰を通り越して異常なまでの監視カメラが設置されている

    多分歌舞伎町あたりのことを指していると思いますが、異常とは思いません。
    たれこんだ方がどこ在住か知る由もありませんが、実際に歌舞伎町を
    歩いてみれば、異常とは思えないと思いますよ。

    ボッタクリ・キャッチの勧誘、銃撃事件などなど、現実に起きている事件に対して、
    少しでも抑止力を発揮するであろう策は、私は、歓迎します。
    もし抑止力が見られないようであれば、それこそPDCAサイクルの出番でしょ。

    #最近はあまり歌舞伎町に行ってないけどID
    • by interkj (23877) on 2006年01月08日 16時44分 (#861445)
      総務省がこんな報告を出しています。

      参考6 監視カメラ設置とプライバシー問題 [soumu.go.jp](PDFにつき注意)

      監視カメラ先進国(?)というイギリスの法制度との比較もあり、それぞれの事情の分析もされています。

      この中で「今後の課題」として
       現在、我が国では、「監視カメラが犯人逮捕につながった事例をマスコミなどが過大評価している」、「プライバシーなどの問題を軽視し、監視強化を促進している」などと、監視カメラによるプライバシーの侵害を危惧する声がある。犯罪抑制、犯人逮捕など効果があったか らといって、その効果がプライバシーや人権などを放棄してまで得るべきものなのかは別問題であり、設置については慎重な議論が必要である。
       しかしながら、現状では、個人情報保護の視点で問題点を検討し、解決方法を示したケー スはない。また、個人の容貌等の撮影については憲法解釈上制限されているものの、監視カメラの設置自体については規制がなく、無秩序にカメラが設置される可能性もある。
       公共、民間が設置するいずれの場合にも、プライバシー問題などを考慮した上で、諸外国 における法規制の事例などを参考に、監視カメラの設置・運用に関する基準、最低限の規制について検討することが必要である。

      と、総務省としては警察側の姿勢に慎重な立場をとっているようですね。

      民間企業の労働者に対する監視カメラやコンピュータなどでのモニタリングについては厚生労働省の指針 [mhlw.go.jp](あくまで“指針”ですが)がありますが、街頭カメラについても納得できるルールが欲しいですね。
      親コメント
  • by eukare (2230) on 2006年01月08日 14時46分 (#861393) 日記
    設置するプロセスがはっきりわかるようになってないとそりゃ反発されるでしょう。
    特に監視側が信頼されていない場合は。
    #オーストラリア警察がどのくらい信頼されてるんだか知りませんが。
  • by luners (20442) on 2006年01月08日 18時13分 (#861498)
    哲学者のミシェル・フーコーは自身の権力論(『監獄の誕生』など)において、権力の姿を暴露しました。
    権力は通常考えられているように何かを抑圧したり禁止したりするのではなく、監視や処罰などの道具を用いて、身体の管理を行い(人の一挙手一投足までをも管理しようとする)、人々を「生産的」にさせようとします。
    ここでの生産は、経済的生産のみならず、学校での成績、工場での能率、病院での健康、軍隊での「破壊力」の生産さえも意味します。つまりは権力(国家や個人が所有するものではなく、人と人との関係に常に存在し、社会全体に網の目のように存在する)は、人の身体を管理し、規律=訓練し、矯正することによって、個人の生産的可能性の生産を、個人の資質の訓育的生産を、つまりは「役立つ個人」を作り出そうとします。
    つまり監視はそうした規律=訓練的権力の道具に他なりません。監視と言えば、監獄における一望監視装置(パノプティコン)が有名でしょう。そこでは監視は、人が行うのではなく、建物の構造そのものによって行われ、囚人達は自分で自分を監視するようになってしまうという、まさに悪魔的な装置です。この監視によって、人々は身体を管理され、「(社会に)役立つ個人」としてのみ生きるのを許されます。

    子供が犠牲となる事件が連日のように報道され、上記のような「通学路のカメラ設置」などのような議論が盛んに起き、監視はもはや全ての路上で行われつつあります。
    これは警察官が非行者の存在によって自身の存在の言い訳をしているのと同じです。フーコーは述べています。「非行のない社会、これは18世紀に人々が夢見たものです。ところがその後は、何としたこと!非行のない社会などという、愚かしくて結局は危険なものを夢みてなどはいられないほど、非行と言うものは有益すぎるものでした。非行なければ警察なし、です。非行者に対する恐れがなかったら、一体何が警察の存在、警察の監督を民衆に容認させてくれるでしょうか。あなたは(警察が)すばらしい授かり物だなどとおっしゃる。警察というごく最近の、そして非常に圧迫的な制度は、そのことによってしか正当化されないものです。あの制服を着て武器を持った人々を、自分たちにはそうする権利がないのにわれわれが自分たちの中に受け入れ、彼らが家の戸口でうろついたりするのを認めているけれど、非行者が存在しなかったら、どうしてそんなことがありうるでしょうか。新聞に非行者がいかに多数で危険であるかを語る記事が毎日のらなかったら、どうしてそんなことがありうるでしょうか」(ミシェル・フーコー(伊東晃訳)「権力の戯れ」『エピステーメー』1977 12月号34、35頁)。つまりは、社会には沢山の非行者がいるとマスメディアが騒ぎ立て、人々の不安を煽り、その結果人々が警察を受け入れるということです。非行者は、警察が存在するアリバイ・言い訳となっているのです。「敵の恐怖が軍隊を「愛さ」せるのと同様に、同じく非行者の恐怖は警察の権力を「愛さ」せる」(ミシェル・フーコー『ユーロペオ』 NO.1515 1975年4月3日号63-65頁:※この文はフランスの雑誌から私が訳したものですが、訳したノートに雑誌名の原語表記がなく、ノートにあった通りに『ユーロペオ』としました。ご容赦下さい)。
    監視も同じです。メディアが子供に対する犯罪を喧伝すればするほど、人々は不安や恐怖を感じます。そこにつけこんで、路上に監視カメラを設置しようという動きが出てきます。通学路に防犯カメラを設置と述べてはいますが、真の目的はそこではない。裏には人々の全行動の監視、そしてその監視によって個人の一挙手一投足まで管理するという目的があります。しかし監視したところで非行者は減らないでしょう。非行者こそ警察が存在するアリバイなのだから。監獄は決して非行者を更生などしません。「一八二〇年以来、監獄は犯罪者をまともな人間に変えるどころか、新しい犯罪者を作り出すことや、犯罪者を罪の道にさらに深く進ませることにしか役立たぬことが確認されています」(ミシェル・フーコー「権力の戯れ」『エピステーメー』1977 12月号28-30頁)。監獄自体が非行者を生み出し、非行者が警察が存在する言い訳を作る、という監獄・警察・非行者が三位一体となって社会全体の管理を推し進めているのです。
    東京では石原都知事が、歌舞伎町などの繁華街に監視カメラを多く設置しました。その数は過剰を通り越して、異常なまでな数に膨れ上がっています。そして今度は最近の子供に対する犯罪の続出による社会不安を利用して、政府はますます監視カメラを設置し、人々に対する監視の目を光らせようとしています。その監視の目的は、犯罪の抑止などではありません。人々を監視することによって、人々を管理しやすくし、そのことによって人々を「生産的」に、「役立つ個人」にさせようとしているのです。

    それでは監視に抵抗するにはどうすればよいのでしょう。オリジナルポストのハッカー集団のように監視に対する「抵抗」のネットワークを広げることでしょう。人々の身体に対する「管理」に抵抗し、社会全体を網の目状のネットワークとなって覆う「権力」に抵抗することでしょう。抵抗とは、共産主義・社会主義が描くような「国家対革命」という二項対立に属するものではありません。権力は人と人との関係において常に存在します。抵抗は権力のあるところ全てに存在します。なぜなら権力は自由な主体に行使されるものだから。従って抵抗は権力と同じく人と人との関係が存在するところどこにでも存在します。
    蛇足ながら権力に対する「抵抗」について書きたいと思います。権力に対して私はとある作家が言った「ローコスト、ローストレス(収入は低くともストレスの少ない生き方)」を対置させたいと思います。その作家は、ひきこもりに関するトークショーで「人生は平均台を地面に落ちまいとよろよろと歩いているようなものだけれど、落ちたところでそこは地面でなんてことはない。地面は「君」を受け止めてくれる」というようなことを言いました。僕はそれに少なからず救われました。
    きちんとしなさいと食卓で言われた子供が鼻くそをほじるのも抵抗。成績の向上を求められた生徒が不登校になるのも抵抗。オフィスで能率・効率を求められたサラリーマンがニートになるのも抵抗。そして監視カメラに向かって中指を突き立てるのも抵抗。私は身体の管理を強める、社会全体を覆う権力に対して抵抗を続けます。
    --
    反監視・反管理・反権力!!
    反石原・反小泉・反ブッシュ!!
    生きづらい社会を終わらせよう。
    • Re:監視・管理・権力 (スコア:2, すばらしい洞察)

      by nim (10479) on 2006年01月09日 0時12分 (#861635)
      フーコーは解答ではなくてアンチテーゼとして権力論を行っている(つまり、解答はバランスの中にある)のだとおもいますが。

      #あなたも一つの極として主張されているのかもしれませんが、それにしては真に迫っているもので……

      ちなみに、例えば米国の(そしておそらく日本の)刑務所の数値目標の一つは、出獄者の再犯率です。これを下げることがKPIなわけです。実際にかつてにくれべれば改善しているようです。
      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 23時29分 (#861613)
    田舎に行けばまだ現存する監視カメラ。
    それは、世話好きおばちゃん!

    どこで誰が何をしていたか。誰と誰が話をしていた。
    等々の地域の情報は魔法のように彼女の元に集まる。

    不審者など存在すら出来ない!彼女は遠慮無く詰め寄る。
    「あんた、誰?どこから来たの?」
    仕方なく語ったことは、その日のうちに町内に知れ渡る
    のです。
  • ますます (スコア:2, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward on 2006年01月08日 14時33分 (#861385)

    CCCのように、より一層監視の目をかい潜ろうとする意欲が高まるだけー。
    • by luners (20442) on 2006年01月08日 21時24分 (#861567)
      タレコミ人です。
      CCC=タレコミ文中の「カオス・コンピューター・クラブ」のことだと思います。
      つまり、Chaos Computer Club=CCC。
      だからオフトピではないと思うのですが。
      --
      反監視・反管理・反権力!!
      反石原・反小泉・反ブッシュ!!
      生きづらい社会を終わらせよう。
      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 14時38分 (#861386)
    監視されている場所と監視されていない場所を明確に分ければよいのでは?

    私は監視されている方の道路を通ります。犯罪被害を受ける可能性が減るかもしれないので。(増えはしないだろう…)

    • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 17時51分 (#861490)
      ちょっとソースは忘れたのですが、
      監視カメラを設置すると、短期的には犯罪は減るが
      長期的にはまた犯罪数は増加し、元より増えることもある、
      というレポートを見たことがあります。

      ・カメラには結構死角がある
      ・カメラを設置しても検挙にそれほど大きく貢献しない
      ・被害者が油断する

      ってことを推測してたかな。
      親コメント
      • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 18時59分 (#861521)
        > 長期的にはまた犯罪数は増加し、元より増えることもある

        のこともある、がどれくらいか(有意な差なのか)を知りたいですね。
        恣意的な意見は大体そこを突くから。

        もちろん今回が恣意的と言ってる訳ではなくね。
        親コメント
        • by Anonymous Coward on 2006年01月09日 3時25分 (#861701)
          横レス

          例えば防犯システムなのでググれば、「近年ピッキングが増加してアナタも危ない」
          って感じで不安を煽る業者のページがどんどんヒットしてくる。
          これら業者に依頼するだけで本当に安全な家になるわけはない。
          実際に、最近の耐震性能が基準を満たさないマンション問題とか、
          悪質なリフォーム業者の問題を見れば杞憂では無いと言える。
          もちろん、それが全部ではないのは当然だが。
          正しく構築されたシステム、正しく運用されたシステムで無いと意味が無い
          というスラドでもWindows対Linuxの文脈で語られる身近な例でも語られるアレと一緒。
          恣意的主張するまでも無く、一般的な常識の範疇だろう。

          あるコンビニでは「店内にこんなにカメラ仕掛けてあるぞ」って謳っていて、
          実際数えると12台くらいあるんだけど記録してるのは4台くらいで
          後のはダミーという店がある、きっちり死角をついてもっていかれてしまっていた。
          なぜかというとバイト(フレームの元とか言われるから言いたくないが留学生)が
          動いてるカメラと動いてないのを漏らしていたらしい。
          身内が怪しいと踏んだ店長が、私服パトロールを入れて捕まえて吐かせた。

          つまり、カメラは偽りがないとは言っても、やるやつは買収さえするとか思ったり、
          神奈川県警の身内のスピード違反揉み消しのような職権濫用を疑ってみないといけない、
          そういう時代に、あくまで無神経に「これで安心」とか言ってカメラを取り付けようとするなら、
          その声のほうが恣意的であると疑わなければならない。

          それを職権濫用的に用いたら罰則があって、それが正しく運用されているか
          官の息がかかった天下り機関ではない監視機構があってという手続き無しに、
          最近は危ないからという名目で簡単に監視カメラを民間レベルでホイホイ
          設置してしまう昨今だから、技術的な抵抗手段や法的な抵抗手段も必要になろう。
          親コメント
    • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 19時30分 (#861534)
       イギリスでは全土に300万台のカメラがあります。
      そのうち50万台はロンドンにあり、ロンドン市民は一日平均5回はカメラに写るそうです。

       防犯のためだという錦の御旗の前にはものを言いにくい状況ですが、あえて以下の2点を問題にしたいなと思います。

      1.果たしてカメラ設置によって犯罪は減るのか?
      2.カメラ画像は本当に防犯目的にのみ使用されるのか

       1に関しては、まだ長期的なデータが揃っていません。警察官の増員や罰則の強化による犯罪発生率の低下は、一般に一時的なものである場合が多いので、私自身はカメラもまた同じ事ではないかと考えています。
      いずれにせよ、こうしたデータがそろうのを待つべきではないかと思います。

       2に関しては、これは政府、特に警察の信用の問題ではあります。残念ながら、歴史的に見て政府というところが、あまり期待できないように思えます。

       こうした議論は、犯罪件数の増加や凶悪化といったことが前提になるわけですが、まずは本当にそうなのかを検証するところから始めなくてはいけません。
      親コメント
      • by Anonymous Coward on 2006年01月09日 0時07分 (#861631)
        >>  1に関しては、まだ長期的なデータが揃っていません。

        長期的なデータを取ったところで、厳密な議論はできないでしょう。「ゲームをやるとバカになる」「暴力的なゲームをやると暴力的になる」などの主張と同じで、同じデータを見ても「防犯カメラは効果がある」「効果が無い」のどちら側にでも理屈付けはできるわけですから。監視カメラ云々以前に、犯罪率なんてのは根本的には景気に大きく左右されることは明白だし、(こういうことは言いたくないけど)そのエリアに住んでる人種とか、民族とかにも影響されますからね。

        だから、データで納得させるよりも、「まぁ、その程度なら安全と引き換えに監視されても仕方ないかな」と国民が納得できるレベルを模索する&理解を得られるように努力することが重要なのではないかと思います。

        米国では、ブッシュが裁判所の許可無しでの盗聴を許可していた(=違法行為の恐れがある)ということが問題になっていますが、これもブッシュが黙ってやっていたからこそ騒ぎになっているわけで、最初から「テロ対策のため、手続きを簡略化して、ほげほげな手続きによって盗聴を行うことにする」みたいに説明していれば、(あの国民性から想像するに)あまり問題にならなかったんじゃないかと思います。もちろん、それが良い事かどうかは別問題としてね。;-p
        親コメント
  • by Linus404 (20013) on 2006年01月08日 15時25分 (#861404) ホームページ 日記
    地元の銭湯の脱衣所に監視カメラがありました。
    「このカメラは防犯目的にしか使用しておりません」
    という注釈付きで。
    この断りが信頼するしないに関わらず、あんまり気分の良いモノではないですね。
    これはおそらく「目的以外に使用していない」という主張より「目的以外に使用できる」という不安の方が勝っているからではないかと思います。
     
    女湯にも同じモノがあったかどうかは不明ですが、不安を払拭するだけの信頼orメリットを提示できない限りこういう議論は尽きない気がしますね。
     
    #え?番台さんが電子化しただけ?
  • by Mimiteru (26203) on 2006年01月08日 15時53分 (#861419) 日記
    防犯とか抑止とかの目的で監視されても、いざという時に来てくれるかどうか分らないんですよねえ。歌舞伎町ならともかくとしても。
    ただカメラに撮られただけで、実際に活用されるのが強盗に遭った後とか、放火された後とか、死体になった後なんてやってられないなーと思います。
    PTAも誘拐された後からカメラの映像を調べ始めてももう遅いでしょう?
    やるならやるで金と人的リソースを充実させる。
    やらないならやらないで違うリソースに振り向ける。
    そこがしっかりしてくれるだけで受けとめ方が大分変わるんですけど、ただつけましたーだけではプライバシーをただ一方的に侵害するだけで嫌です。
    犯罪を抑止してくれるという前提で、監視しつつ回りこむとか、機動的に動けるように監視員とパトロールの人間の構成比をしっかりさせるようにするとか、また交番のように、ビデオチャットみたいにカメラに話しかけると返事が返ってくるような双方向っぷりまでしてくれると良い感じだなあと思っているんですけど。
  • by Anonymous Coward on 2006年01月08日 18時26分 (#861508)
    >風船やレーザー、赤外線装置などを使って監視カメラの視界をさえぎる方法などだ

    こうやって視界を遮った結果、その視線の先でテロなり誘拐事件なりが起こった場合、彼らはどうするんでしょうか?
    もちろん、そんなこと言い出したら何でも警察の言いなりになるしかないじゃないか!というのはわかりますが、ちょっと気になります。
    最悪、社会からテロリストの共犯というレッテルを貼られてしまうのでは・・・と危惧します。

    抗議するのは正当だと思うのですが、言論による手段など、他の手段は考えられなかったのでしょうか?
typodupeerror

普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家

読み込み中...