信心深い人ほど延命治療を望む? 92
ストーリー by reo
宗教が増幅させるのは現世の価値か、死の恐怖か 部門より
宗教が増幅させるのは現世の価値か、死の恐怖か 部門より
ある Anonymous Coward 曰く、
末期がんで死に直面している 345 人の患者を対象にした調査研究で、普段祈りをささげている信心深い人の方がそうでない人よりも延命治療を望むということが明らかになった (論文要旨、本家 /. 記事) 。
調査対象者の 30 % 程の人たちは「宗教が自分を支える最も大切なもの」であると答え、この層は「蘇生処置の拒否」を要請する率が最も低かったとのこと。よってこの人たちは人生最期の日々に蘇生行為を受けたり、人工呼吸器に繋がれたりする確率が高かったという。このような処置や栄養チューブの挿入、また緩和ケアのない化学療法などを受けると苦痛を伴うことが多いが、信仰は病のストレスと向き合うのに役立っているようだと研究チームは考えている。
信心深い方が死の現実を受け入れそうな気もするのだが、調査では逆の結果となっている。調査対象者の信仰であると思われるキリスト教やユダヤ教では、延命治療を施さないということは「寿命を全うしていない」と考えられ避けられるのだろうか。調査では「宗教」と一括りにしているが、その宗教の死生観によっても異なるだろう。日本でも延命治療を望むかどうかに何らかの傾向性が見出せるのだろうか。
バッカスとオオヤマツミを信仰してますので (スコア:4, おもしろおかしい)
Re:バッカスとオオヤマツミを信仰してますので (スコア:2)
日本の場合 (スコア:4, 興味深い)
>日本でも延命治療を望むかどうかに何らかの傾向性が見出せるのだろうか。
日本の調査、癌患者は死に直面すると、むしろ死後の世界を信じなくなる、という傾向が見いだされてます。
http://obgy.typepad.jp/blog/2009/01/post-ed70.html [typepad.jp]
もちろん、純粋にこれだけだと、「死後の世界を信じる人が癌になりづらい」という可能性もあるだろ、と突っ込まれるかもしれませんが(笑)、そこは好きなように解釈して下さい。
この調査は最近行われたものでして、宗教や死後の世界や延命の希望なんかも質問票の中身には含まれているので、そのうち、日本におけるこの質問の答えについても、解析されて出てくるかも。
いずれにせよ、そもそも3割もの人間が宗教を大事に思っている国は、その時点で日本と別物ですよね。日本人だと全然違う結果が出てくるだろうなと思います。
個人的な感想ですが、日本人は、とにかく「死」は遠ざけ、否定しておいて、ギリギリまで考えないでおくもの、という傾向が比較的強いような気がします。「死んだら全部終わっちゃうんだよ! 死んだら何にもならないんだよ!!」と唱えるような人生観が主流ですから、まあ、そうもなっちゃうか。
死にたい人なんかいるのか (スコア:3, 興味深い)
最近「死期が前もって分かっていれば」と日頃言っている方が突如進行性のあるガン
だと分かった途端、「俺には早すぎる」と言っていたのをふと思い出した。
ましてどんな宗教を奉じていても死にたい人はいないのではないか。
# 死は怖くないのでID
モデレータは基本役立たずなの気にしてないよ
Re:死にたい人なんかいるのか (スコア:3, 興味深い)
信仰心があるか無いかわかりませんが、理想はピンピンコロリ [wikipedia.org]だそうです。
少し前にはポックリ [endingplanner.com]という言葉もありました。
死にたい・死にたくないわけじゃなくて、「こう死にたい」という願望はあるようです。
#あたしですか?そう死にたいですよ。でも、行いが悪いから、のたうちまわって、周りに迷惑かけて死ぬでしょう。(覚悟しとけよ、バカ息子)
Re:死にたい人なんかいるのか (スコア:2)
ピンピンコロリって、本当にやられるとどれだけ迷惑か。それが願望って、本人だけの都合でものを言っているのが丸わかり。いやまあ憧れであるのは認めるにやぶさかではないけれど公言するのは憚られるね。2週間だけ入院して子供全員呼び寄せてから亡くなった祖母はある意味偉かった。
うちの親父はたぶんもうちょっと老醜をさらす気だったんじゃないかと思う。とはいえ本人に選べるわけもなし、しょうがないね。
Jubilee
死の恐怖 (スコア:3, すばらしい洞察)
死んで無になるのが怖いからこそ死後の世界という宗教観が生まれたのだろうから、
死ぬのが怖い人ほど、死後の存在を信じたがる=信心深いという傾向があるのかもしれない。
Re:死の恐怖 (スコア:2)
ブッダとかは王子だからこその思想ってよく言われますね。
あの当時の一般の人は死の恐怖を考えるよりも(文字通り)生きることに精一杯だからそんなことを考える暇もない。
今の時代はブッダよりも物質的には恵まれてるからこそ宗教にすがり生を求めるんでしょうね。
---
仏教だけの話ですねこれじゃ
キリスト教やイスラム教はあまり知らないんだよなぁ・・・
Re:死の恐怖 (スコア:1)
>あの当時の一般の人は死の恐怖を考えるよりも(文字通り)生きることに精一杯だからそんなことを考える暇もない。
ん~。当時(ウパニシャッド哲学では)、同じ身分階級に転生するというのが、支配的な考えだったと記憶しています。(同じ、アートマナーとして)
で、因果説に基づいて、転生するというのが、仏教思想では、なかったかと・・・
勿論、ゴータマ・仏陀が、王子であったがゆえに、・・・の部分が、否定できませんけどね。
ただ、転生についても、連続する意識を持ったもの・・アートマンとかアートマナー・・・霊魂みたいなものについて
「アートマナーが、存在すると私は、言わない。」
「アートマナーが、存在すると私は、言わない。」
と語ったといわれていますけどね。
その面から考えると
「生きることに精一杯だからそんなことを考える暇もない。」
と単純には、結論づけられないのでは?
# オカルトに陥らず。
# おかるとかんぺい ぐらいで笑いが・・・取れわけないよね~:-P
Re:死の恐怖 (スコア:1)
死ぬのが恐いという感情がうまれるのはなぜなんだろう?
・痛いから?
・さびしいから?
・無になるから?
Re:死の恐怖 (スコア:2)
無理強いされる未知は怖いです。行ったことの無い人があれこれ言おうが言うまいが、または言われるがゆえ。
・見知らぬ場所の入り口で
・何も見えず
・何も聞こえず
・何も感じられない
・そんな中にこちらの準備とはおかまいなしに一瞬の容赦もなく追いやられる
それが死。ただ今までの人生で出会ったことすべてとお別れということだけが分かっています。
Re:死の恐怖 (スコア:2)
存在の喪失とか概念的な事言っていますが、要は記憶や記録からの喪失ですね。
人によって、その喪失に対する感情が、恐怖だったり悲しみだったり寂しさだったりするのでは無いでしょうか。
僕自身は、死ぬ事への恐怖は全くありませんが、自分の存在を知る人が誰も居なくなるって事を考えると、ちょっと寂しい気持ちがしますね。
ま、そのときは関係者(?)全員死んでいる訳ですし、悲嘆する必要は全く無いんですけどね。
論理的に積み上げられない人なので、概念的に柔らかい言葉での表現しか出来ませんが、そんな事なんだろうと勝手に理解しています。
#死ぬってのは二度と目覚めないって事だと思っているID
Re:死の恐怖 (スコア:1)
自分がどうなるのか全くわからないから、とか?
Re:死の恐怖 (スコア:2, 興味深い)
逆じゃないかな。死んだら裁かれると教えられているからこそ、自分が死ぬのが怖いのではないかと。
おそらく宗教などなければ経験則により正しく死を理解していたと思うのですよ。いまでは死に立ち会う機会も減ってしまいましたが、はるか昔の死が日常であった時代には特にね。死んだあとに残した物がどういう扱いを受けるかも、生まれ変わりも復活も前例なんてないってことも。
実際のところは、正しく理解してしまうと困った事になったのではないかと・・・。奴隷たちはすぐに自殺してしまうだろうし、自分が死に向かっていると知った人の自爆テロの類を防ぐ法弁がなくなってしまいますからね。そこで自殺を防ぐ為に宗教をもったグループが優勢になったとか?
Re:死の恐怖 (スコア:1, 興味深い)
自分自身の死はそう怖くないですが、自分が死ぬことによって周りの人に迷惑をかけるのが嫌かなー。葬式代くらいは貯金で残してありますが。
Re:死の恐怖 (スコア:1)
なるほどなあ.
現世に残したことに対しての思いを抱く人と,死後の世界でどうなるかの思いを抱く人の両方がいるんですね.
勉強になります.
ボクの場合も,現世に残していくかみさんや親類のことを心配するかもなあ.
もちろんいきなり暴漢に刺されて死ぬとかは,痛そうだし恐いけど,老衰とかの穏やかな死の場合,死そのものに対する恐怖っていうのは,やっぱり,よくわからない.
Re:死の恐怖 (スコア:1)
若いうちはしがらみや資産(精神的なものも含めて)も少ないから死後の世界を考え、
年食ってしがらみや資産(精神的なものも含めて)が増えると現世に引っ張られるものが増えるってことかなと。
で、想像するにさらに年食うとしがらみ(人も物も知識も)の方がたくさん先立ってしまうからいくらか執着が減るか?も?
Re:死の恐怖 (スコア:1)
> 死ぬのが恐いという感情がうまれるのはなぜなんだろう?
「死」を忌避する文化のもとで生きてきたから。
ひとが死ぬということは、暴力や災害に「殺され」ることであったり、絶望のあまり人生を捨てることであったり、はては病苦の極限(による自分自身の消滅)だから、怖いのが当たり前だと思う。
Re:死の恐怖 (スコア:1)
スラドで頻繁に話題になっているじゃないですか。
ホラ、PC内のアノフォルダとか、本棚のアノ棚とか、押入れの中のアノ箱とかを・・・。
Re:死の恐怖 (スコア:2, 興味深い)
確か星新一選の「ショートショートの広場」に
そのような話があったと思いました。
死後の世界と通話できる機械を発明したところ、
「死んだあの人と話をしたい」
という人が殺到。実際話をしてみると誰もかれも
「死後の世界はすばらしい」
とのたもうので次々に自殺が発生。
最後は一人を残してみんな死んでしまった、という内容だったような…
#うろ覚えで済みません
~パタポン教徒~
その話のオチ(ネタバレ) (スコア:1)
>確か星新一選の「ショートショートの広場」に
ぐぐってみたら「殉教」かな?
http://tkido.blog43.fc2.com/blog-entry-269.html [fc2.com]
>最後は一人を残してみんな死んでしまった、という内容だったような…
いや、ちょっと違ってたと思う。
「次々に死んでいって、
その通信機の前には長蛇の列。その後ろには死体の列。
世界中で自殺が大流行した。
でも、ごく少数のそうでない連中もいて、彼らはそれでもなお死のうとはしなかった。
彼らは死んだ人より疑り深かったから自殺を選ばなかった。
これからの時代は以前より懐疑的な人達だけの時代になるだろう。それがどんな時代
になるかは分からないけれど、これまでとはほんの少し変わったものになるはずだ。」
みたいな話だったかと。
他にたしか「にぎやかな部屋」という同作者の長編では、死んだ人達が全部
強制的に誰かの背後霊(一人の生者につき最大一人)になっていて、彼ら曰く
「最初の頃こそ美女の裸も楽しいけど、毎日毎日見ていればじきに飽きる。
いずれは全てがひたすら退屈になる。(定数オーバーで)消滅できる日が来る
ことだけが最後の希望だ。それまではせいぜい退屈しないよう、刺激的な誰か
の背後霊になりたいものだ」みたいな話がありました。
Re:死の恐怖 (スコア:1)
確かに orz
大変申し訳ありませんでした…
~パタポン教徒~
Re:死の恐怖 (スコア:1)
経験した人は,教えてくれないですからね.:)
Re:死の恐怖 (スコア:1)
以前信心深い人に「死んだらどうなると思う?」と聞かれたとき、
「死んだことがないからわからない」
と言ったら怒られました…むぅ。
Re:死の恐怖 (スコア:1, 興味深い)
あれ?でもうちに来た坊さんも普通にそう答えましたが。
Re:死の恐怖 (スコア:1, 参考になる)
論語でもかじっていれば、切り返しは簡単なんですけどね。
「生きることがどういうことかも分かってないんだ。まして死ぬことなんて知ってるわけがない」
Re:死の恐怖 (スコア:1)
宗教が文化に根付いている社会では、それほど単純じゃないと思いますよ。
信心深いひとは、たとえば単に社会に従順なひとかもしれません。
死にとうない (スコア:3, 興味深い)
実は単純に... (スコア:2, 興味深い)
コスト意識がないだけ。
コストメリットのない宗教に多大な投資を行うのと同じように、コストメリットのない延命治療に多大な投資を行っている。
遠藤周作いわく (スコア:2, 興味深い)
「キリスト教に親しんでよかったことは、
死にたくない死にたくないとみっともなく騒いで
死んで行く覚悟ができたことです」
みたいなこと言ってましたな。
宗教とはこういうものだから、こうなるんじゃないかーなんて類推の
なんと無粋なことよ。
個人的に思うこと (スコア:2)
そんなに神が好きで神への信仰を説くのなら、真っ先に自分が神の元へいけばいいのに、
率先して自分が見本となればいいのに、などと思ってます。
#神の名を借りて(理由にして)人を殺しまくって、自分たちは生きながらえて
#楽に死のうなんて、わがままにも程があると言うか。
治療を望まない宗教 (スコア:1)
○○の治療受けるくらいなら死を選ぶ!って宗教の人は、どうなるの?
# 例えば、輸血拒否の宗教とか。
1を聞いて0を知れ!
Re:治療を望まない宗教 (スコア:1)
まあ、確かにあの人達の信心深さは異常なレベルでしたが、
直接的な解決策を拒むだけで、色々と律法の抜け穴を作ったり考えたりしては迂回策を模索してますよ。
いつか復活すると信じていても、やっぱり死にたくないんでしょうね。
俯瞰しよう。何事も俯瞰しなくちゃ駄目だ。
信心は別に美しいものではない (スコア:1, すばらしい洞察)
現世への執着が強い人が、そういった人向けの市場を見出しサービスを提供する宗教にトラップされてカモになっているだけ。簡単に死なれてはお布施や寄付の収入源がなくなるので、死の恐怖を煽り、そこから逃れるための様々なサービスや物品を販売している。それが宗教という経済活動の一形態の姿。
悟りとは違う、現世利益も信仰 (スコア:1)
自分が死ぬことより (スコア:1)
# 家族とか仕事とか?
## HDDの中身に決まってるだろう。
### 心配するな。ちゃんとコピーして参列者全員に配ってやる。
Income as a confounding factor (スコア:1)
まず、斜めに図表だけを見て批判していることを断わっておきます。
この手の研究では対象患者の収入がきわめて重要な役割を果たします。
アメリカ合衆国で末期がん患者に挿管することの経済的な意味を考えると当然ですし、
受けた教育を含め、死生観にまつわるありとあらゆるところに影響を与える因子ですよね。
実際に患者の収入状態を強く反映している可能性が高い「医療保険への加入状態」が
「信心深さ」と強く逆相関(39.8% vs 76.2%, Table 1)しているにもかかわらず、考察の中では
ものすごく軽く流されて(包括的にいろいろ調べてるからいいんだ、みたいな感じ)います。
せめて多変量解析で独立した因子の抽出を試みるくらいは普通だと思うのですが。
ただ、あまりお金がない人の方がむしろ挿管を望んでいる、というのは興味深いと思います。
一方日本では (スコア:0)
仏教を信じてない人間でも仏教のテンプルに骨埋めされているとさ
困ったときの神頼み (スコア:0)
そういうことなんじゃないだろうか
Re:困ったときの神頼み (スコア:1)
自ら死を選ぶことへの忌避感が強いんでしょうな。
Re:困ったときの神頼み (スコア:1, 参考になる)
のを表す様です。
Re:困ったときの神頼み (スコア:1)
でもまぁ信心深い人が信心深くなったキッカケが「苦しい時の神頼み」だっていうケースはちょくちょく聞くような…。
信仰 (スコア:0)
私は人類に文明を与えてくれたナイアルラトホテップを信仰しています。
#正気度?なにそれ?
/.的にはこっちでは(Re:信仰) (スコア:1)
市民、その思想は反逆です。Zap!Zap!Zap!
Anonymous Citizen、あなたは幸福ですか?
Re:なるほど (スコア:2, おもしろおかしい)
相当信心深いと思いますよ、実際
#16(32)bit だけど X68K あたりも
Re:なるほど (スコア:1)
その8ビット機にファミコンやPCエンジンは含まれますか?
#PC-8801FAが現役だったりしますが。
Re:345人の調査結果 (スコア:1)
>統計数学を学んだ者には
標本数が「たった」345でも、結果次第で意味があるか(有意か)どうかが
変わることは初歩だと思います。
Re:345人の調査結果 (スコア:1)
各放送局が躍起になっていることを見れば、345人というのはあながち少ないと言えないのでは。
Re:345人の調査結果 (スコア:1, 参考になる)
トリビアの場合、「日本国民を母集団とした横断調査」がほとんどだったので、2000人という数字になるケースが多かっただけで、母集団が違う場合(男性とか、特定の年齢層とか)の場合は人数が変わってたはずです。なので、ギャグではないだろうと思います。
今回のケースですが、一応、原報もざっと見てみました。これは元々"Coping With Cancer Study"という多機関コホートプロジェクトの成果で、がんに関して主に心理的な面からのケアの効果の意味付けなどを目的とした調査のようです。一応は、アメリカの多機関での長期前向きコホートなので、手法としての妥当性は高いとは思いますが……一般的にイメージされるコホート(一般人対象に数万人規模で行う)の場合と異なり、そもそもの母集団が「(終末期医療の対象になるような)末期がん患者」に限られてしまう関係で、どうしても例数がとれない、というところでしょう。
とは言え、多機関+20年くらいの長期で見ていて有意な差が出てるわけなので、これで「例数が不足してるから、reject」と言われても、研究者の方も困るでしょうね……現にJAMAのような医学系の一流誌に載ってる以上「最低限の信憑性は確保できてる」と判断していいと思いますが。
ただまぁ、あくまで母集団は「アメリカ(全土)の末期がん患者」あたりになるので、これが日本を含めた他国にそのまま適用できるものではない、というあたりは言わずもがなだと思います。個人的には、そもそも延命治療となった時点で、医学的には治療の見込みがなく、あとは「奇跡」に頼らざるを得ない気になったりするんだろうか(その「奇跡」を信じる部分が信仰心の強さにも通じる)とかは考えないでもありませんでした。
Re:345人の調査結果 (スコア:1)
サブグループはともかくとして、宗教に対する態度に関しては、スコア付けの上中央値で二群に分けていますから、各群約170人と、十分な数ですよね。
サンプルサイズを大きくしないと出ない差は「そんな個人差に埋もれそうな小さな差にこだわって意味あるの?」と言う話になる(治療法ならNNTが大きいっていう話です)ので、医学統計の場合 n が大きければ良いかと言うとそうでもないんですね。